「ファーザー」(2020米)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルサスペンス
(あらすじ) 認知症を患うアンソニーは、介護人とトラブルを起こして追い出してしまう。娘のアンは心配して駆けつけるが、元来そりが合わない二人は衝突してばかり。そんな中、アンから新しい恋人とパリで暮らすと告げられる。アンソニーはショックを受けるのだが…。
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(レビュー) 認知症に苦しむ老人と彼の世話に追われる娘の関係を斬新な手法で綴った人間ドラマ。
基本的に物語の視座は認知症を患ったアンソニーにあり、虚実入り混じったシーンが続いていく。観ているこちらはアンソニーの視点に立たされ、まるで認知症の疑似体験をしているかのような、そんな錯覚に捕らわれた。
例えば、冒頭に出てきた娘のアンが次の瞬間にはまったく別の女性になっていたり、独身のはずのアンの夫を名乗る男性が突然現れたり、新しくやってきた介護人が途中で別の登場人物に入れ替わったり、部屋の扉を開けるとそこは病院に繋がっていたり等々。
一体どれが現実なのか?どれが妄想なのか?観ているこちらは虚実入り混じったアンソニーの世界を疑似体験することになる。これは大変入り組んだ物語構成であるし、また認知症の苦しみをダイレクトに観客に分からせるという意味においても非常に上手いやり方だと思う。
更に、語弊を恐れずに言うなら、もはやこれはサイコスリラー映画だと言うこともできよう。それくらい認知症の疑似体験にある種の不安と恐怖を感じてしまった。
これまでにも認知症について描いた映画は作られてきた。最近ではJ・ムーアの熱演が印象的だった
「アリスのままで」(2014米)、邦画では森繁久彌の妙演が忘れがたい
「恍惚の人」(1973日)、渡辺謙が主演した「明日の記憶」(2005日)等。
これらは認知症の主人公を客観的視点から描いた映画である。本作のように主人公の主観的視点で描いた映画は大変珍しいのではないだろうか。徹頭徹尾それを貫いた本作のスタイルは大変斬新だと言うことができよう。
そして、アンソニーが見る虚実の混濁はドラマを必要以上に難解にしておらず、このさじ加減も大変うまい。確かに観てるうちはこの世界観に翻弄されるのだが、だからと言って理解不能というわけではなく、物語はきちんと整理整頓されている。脚本が洗練されていることに唸らされた。
アンソニーを演じたA・ホプキンスの演技も絶品である。シリアスなドラマでありながら、時に嬉々とした振る舞いで笑いを取りに行く姿勢は実に若々しい。終盤の熱演にも見入ってしまった。
監督、共同脚本はフロリアン・ゼレール。初見の監督さんだが、どうやら本作の元となった戯曲を手掛けた人物らしい。長編映画の演出は初めてということだが、中々どうして。息詰まるような緊張感を創出するのが大変上手いと思った。今後も楽しみな監督である。