「クー嶺街少年殺人事件」(1991台湾)
ジャンルサスペンス・ジャンル青春ドラマ・ジャンルロマンス
(あらすじ) 1960年の台湾。夜間学校に通う小四は、家族とともに大陸から渡って来た外省人。不良少年同士の抗争に明け暮れ「小公園」というグループに入っていた。ある日、学校の保健室で小明という少女と出会い恋に落ちる。ところが、彼女は抗争を逃れて逃亡中だったボスの恋人だった。
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(レビュー) 1961年に台北で実際に起こった少年殺人事件をもとにした青春叙事詩。
まず、当時の台湾を状況を知っておかないと、小四の置かれている状況を理解するのはちょっと難しいだろう。
1949年、中国大陸での国共内戦に敗れた国民党政府は台湾に渡り、それに伴って約200万人もの人々が台湾へと移住した。小四の父は国民党員であり、言わば台湾人からすればよそ者なのである。だから、父は警察に尋問を受けたり、小四もクラスでは周囲から浮いていた。
そんな鬱屈した環境の中で、小四は暴力の世界に埋もれていく。また、彼の兄も賭けビリヤードにのめり込んでいくようになる。そんなバラバラな家族をよそに小四は、小明という少女と出会い荒んだ心に潤いを蘇らせていくようになる。
この映画は彼らの交友が瑞々しく描かれており印象に残る。そして彼らの淡い恋心はやがて訪れる殺人事件によって破壊されてしまうだろう…ということが予想され、観ている最中は何とも言えぬ切なさを覚えた。
上映時間は236分。かなり長大なストーリーだが、ドラマ自体は極めてシンプルなボーイ・ミーツ・ガール物である。ただ、その中に先述したような台湾の社会情勢、歴史的背景が織り込まれているので、鑑賞感はかなり重厚である。
ただし、この物語に4時間弱はさすがに冗漫と感じてしまうのも確かである。また、登場人物の整理が今一つしきれておらず、なんだか雑然とした印象を持った。
例えば、小明に恋する同じクラスの小虎や、小四の兄のドラマはメインのストーリーにさほど関与してこないので、あっても無くても良いエピソードのように思った。群像劇風にするのであれば、もっとじっくりと腰を据えて描いても良かったように思う。
監督、脚本は台湾ニューシネマの旗手エドワード・ヤン。
淡々とした演出が持ち味の作家で、独特の雰囲気、色彩感覚を持った名匠である。台湾を舞台にしていながら、どこかヨーロッパ映画を観ているような感覚を覚えるところが面白い。
例えば、小明のファム・ファタール振りは非常にクールである。小四との出会いの場面で見せた純朴そうな面持ちから、後半は一転。彼と面と向かって自らの男性遍歴を堂々と語る大胆さで本性を現し、実にしたたかな魔性の女振りを発揮している。
全体の映像の色彩感覚もやはりクールである。
暗闇のシーンにおける絶妙なノワール・タッチ、停電の室内を蝋燭や懐中電灯というアイテムによって恐怖と不安を創り出した演出は見事である。後半、雨のなかの抗争シーンもロウキーな映像で上質な肌触りを感じさせる。
その一方で、昼間のシーンでは透明感あふれる映像も散見され、青春ドラマらしい瑞々しさも感じられた。例えば、室内に差し込む外光などは絶妙である。
演出は基本的にロングテイクが多用されており、場面によっては息詰まるような緊張感、生々しさを創出している。
また、シリアスなドラマながら、ユーモアも随所に忍ばせているのも特徴的で、映画全体を見やすいものとしている。例えば、小四の親友で「小公園」の人気歌手、小猫王はいい味を出していた。プレスリーに憧れるひょうきん者である。
そして、何よりタイトルにもある「殺人事件」がいつ起こるのか?それがドラマの大きな求心力となっている。小四のクラスに小馬という転校生がやってくるのだが、彼は軍の司令官の息子で日本刀や銃といった武器を自宅に隠し持っている。小四と仲良くなっていくのだが、これが「殺人事件」のきっかけになるのではないか…と想像していくと、この映画は非常にスリリングに観れる。
尚、日本では最初に公開されたのは188分版だそうである。その後に236分版がリバイバル上映された。いずれも未見であるが、短縮版は小明のバックストーリーがかなり削られているらしい。物語のテンポは良くなるかもしれないが、これがないとドラマの魅力も半減してしまうような気がするのだが、どうだろう…。