「サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~」(2019米)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) ドラマーのルーベンは恋人のルーと一緒にバンドを組んで活動している。ある日突然、ルーベンの耳が聞こえにくくなってしまう。専門医を受診したところ、いつ聴力を失ってもおかしくない状態にあると言われてしまう。バンド活動を中止し、ルーベンはルーと分かれて治療を始めるのだが…。
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(レビュー) 難聴になった青年が恋人と別れて人生の岐路に立たされるヒューマンドラマ。
耳が聞こえなくなる恐怖、孤独、絶望を描いたドラマだが、その一方で本作は恋人との別れを描いた恋愛ドラマでもある。前者には前者の良さが、後者には後者の良さがあり、夫々に見応えがあった。
まず、前者のドラマであるが、こちらはルーベンが聴覚障害者の自助グループに参加するという展開で描かれる。
初めは周囲に溶け込めないルーベンだが、自分と同じ立場に立たされた人々と接していくうちに徐々に彼の心は解放されていく。
普通の映画であれば、ここでルーベンが新しい人生を見出してハッピーエンドとなろうが、本作は安易にそういったオチには持って行かない。
ルーベンと自助グループのリーダーであるジョーの最後の対面シーンは非常に重要なシーンだと思う。ルーベンは聴覚障害者のグループに溶け込みながらも、恋人ルーや音楽活動に対する未練が残っており、やはり自分自身の生き方に嘘はつけなかったのであろう。彼は”ある重大な決断”をして新たな人生を歩みだしていく。そこでのジョーのリアクションが実に素晴らしかった。その胸中を察すると切なくさせる。
後者のドラマ、ルーベンとルーの恋愛ドラマも終盤でドラマチックな展開を迎える。これにも切なくさせられた。
思うに、二人は”音楽”という共通のツールで繋がっているが、心の目は夫々に別の物を見ていたのではないだろうか?
ルーベンはルーと一緒に音楽活動を続けることに幸せを感じていた。しかし、ルーは音楽そのものに対するこだわりはそれほどなく、ただルーベンと一緒に居られることに幸せを感じていたのかもしれない。
その証拠に彼女は終盤のパーティーのシーンで、それまで自分が歌い続けてきたメタルとは全く違うジャンルの歌を歌って父親を喜ばせていた。この時、彼女の中には、ルーベンと一緒にバンド活動を再開させようという気持ちは無かったと思う。その場に居たルーベンを見てバツが悪そうな表情で歌っていたのが印象的だった。
前者のドラマは、失われた聴覚、つまり音楽活動を再開するというドラマになっている。後者は愛するルーと寄りを戻すというドラマになっている。しかし、いずれもそう上手くいかないという所が本ドラマの肝である。
ルーベンが音楽と恋人、この二つを取り戻すために採った決断を間違った”選択”と言うのは容易いだろう。しかし、人生に過ちは付き物である。むしろ、その連続と言ってもいいかもしれない。要はその”選択”の後に何を学ぶか。それが大切なのだと思う。人生は喪失と獲得の連続だ。この物語は、そんな人生の本質を描いたドラマのように思う。
本作は音響効果も素晴らしい。耳が聞こえにくくなるというのはこういうことか…というのがよく分かる。今作はamazonプライムで配信中だが、一部の劇場でも公開されている。ぜひ映画館で体験することをお勧めしたい。
キャストの好演も特筆に値する。特に、ジョーを演じたポール・レイシーの落ち着きを払った演技が素晴らしかった。
ルーベンを演じたリズ・アーメッドの好演も忘れがたい。その苦悩には胸打たれた。