「皮膚を売った男」(2020チュニジア仏ベルギースウェーデン独カタールサウジアラビア)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 内戦中のシリアに住むサムはひょんなことから反逆罪で逮捕されてしまう。刑務所を脱獄した彼はレバノンに移住するが、残してきた恋人への想いを断ち切れなかった。そんな時、偶然出会った芸術家から大金と自由が手に入る代わりに背中を提供してほしいと提案される。サムの背中にタトゥーを施して、サム自身をアート作品にして世界中で展示するというのだが…。
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(レビュー) 背中にビザのタトゥーを入れた男の数奇な運命をアイロニーたっぷりに描いた衝撃のヒューマンドラマ。
生きた人間の背中にビザの刺青を施して芸術品に仕立てるという奇抜な発想が出色である。極めて非人間な行為と言えるが、芸術とは時に刺激的で反逆的で、場合によっては禁忌をも恐れない行為の果てに生まれる産物であることもまた確かである。
ただ一見すると突拍子もないと思われる今作のアイディアには元ネタがあるらしい。劇中でテロップで表示されていたが、現代アーティスト、ヴィム・デルボが2006年に発表した「TIM」という作品がそれである。本作のサムと同じように、ある男の背中にタトゥーを施して公の場で展示されたそうである。デルボ自信は本作の製作に大変前向きだったらしく、後で知ったが本人が劇中にチョイ役で登場しているらしい。また、彼のアート作品も本作には提供されているそうだ。
監督、脚本はこれが長編2作目となるカウテール・ベン・ハニアという女流作家である。ユニークな目の付け所もさることながら、演出も大変先鋭化されており画面作りがカッチリと構成されている。
冒頭の真っ白な部屋の幻惑的な空間に始まり、列車内におけるサムと恋人の距離を置いたシンメトリックな構図、鏡や照明を駆使して表現される幻想的なトーン等、極めてグラフィカルな映像が連発する。
そして、この映像作りには撮影監督クリストファー・アウンの貢献も大きいように思った。彼は前作
「存在のない子供たち」(2018レバノン仏)で注目された新鋭のカメラマンである。ただ、前作はドキュメンタリックな作風ゆえカメラも割とラフに傾倒していたが、今回はそれとはまったく異なる画面作りに専念している。監督が変わったことでスタイリッシュな画面作りが徹底されている。
物語も面白く追いかけていくことができた。
難民問題はこれまでにも映画の中で散々扱われてきたテーマだが、そこに現代アートを絡めたのが本作の妙味である。
更に、本作には経済格差、人権問題、芸術投資の闇といった多岐にわたるテーマも盛り込まれている。これらを1本の線で絶妙にまとめ上げたストーリーテリングは見事である。
尚、個人的に最も印象に残ったシーンは、後半のオークション会場のシーンだった。これを観るとハニア監督が現代アートをどのように見ているのかがよく分かる。おそらく彼女は現代アートを取り巻く状況について相当憂いているのではないだろうか?
一方で、本作はサムと恋人のメロドラマという見方もできる作品である。やや政治色が強い内容のわりに、こうした物語への共感を誘導する”味付け”を絶妙に忍ばせることで、本作は誰が観ても楽しめる作品になっている。このあたりにはアウン監督のシナリオライティングの工夫が感じられた。
ただし、上手くまとめようとして終盤に行くにつれてご都合主義が目立ち始めるのはいただけなかった。
例えば、ラストにかけて大きなどんでん返しが用意されているが、個人的にはこれは少々安易かなと思った。用意に先の展開が想像できてしまう。
また、サムが生ける芸術品として世間を賑わせていたにも関わらず、それを恋人が知らなかったというのはお粗末である。彼女の夫が知っているくらいであるから、普通は知っていてもおかしくないだろう。