「ラストナイト・イン・ソーホー」(2021英)
ジャンルホラー・ジャンル青春ドラマ
(あらすじ) ファッションデザイナーを夢見てデザイン学校に入学したエロイーズ。しかし、憧れのロンドンでの生活に馴染めずソーホー地区で下宿生活を始める。するとその晩、眠りについた彼女は、夢の中で60年代のソーホーに暮らしていた歌手志望の女性サンディとシンクロしてしまう。華やかな60年代のロンドンを味わい楽しい日々を送るようになるエロイーズだったが…。
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(レビュー) 霊感能力を持った少女が夢と現実の狭間で翻弄されていく青春サスペンス・スリラー。
原案、共同脚本、監督は
「ベイビー・ドライバー」(2017米)のエドガー・ライト。映像と音楽のコンビネーションでグイグイと引っ張る演出スタイルは今回も健在で、最後まで飽きることなく観ることができた。「ベイビー・ドライバー」以降、この監督の作風はゴージャス感を増している。良くも悪くもそれまでのB級感は払拭されており少しだけ寂しい感じもするが、これは作家として大きな成長を遂げたことの証明でもある。一線級の監督になったと歓迎すべきだろう。
まず、冒頭のオープニングシーンからして一気に引き込まれた。エロイーズが新聞紙で作ったドレスを着て軽やかなダンスを披露する。実はこれは後の伏線となっているのだが、こうした洒落た映像演出ができる所が今のエドガー監督である。以前では考えられないことだった。
以降も、エドガー監督が作りだす音と映像のハイセンスな融合は頻出する。
例えば、エロイーズが最初に夢の中に入り込むシーンは白眉だ。鏡の中に突如現れたサンディと入れ替わりながらダンスするシークエンスが素晴らしい。CGとアナログを融合させながらトリッキーで幻惑的な世界観が構築されている。正にこれぞ映画ならではの醍醐味と言って良いだろう。
あるいは、サンディと男たちの会話を鏡の向こう側からエロイーズが止めに入るシーンも印象的であった。鏡を割って飛び出したエロイーズがサンディに抱き着くわけだが、ここまでアナログな手法にこだわった演出は実に刺激的である。昨今のハリウッド映画は何でもCGで再現してしまうが、それに感覚麻痺を起こしているとこうした演出にはむしろ新鮮さを覚える。
物語も最後まで上手く構成されていると思った。
最初はオーソドックスな青春ドラマのテイストで始まるが、中盤以降はエロイーズの幻覚体験を前面に出しながらサイコスリラー風のテイストに様変わりしていく。そして、本ドラマのキーマン、エロイーズの周囲に出没する謎の老人の正体が判明してからは、完全にホラー映画のようになっていく。
連想されるのはブライアン・デ・パルマやダリオ・アルジェントの作品だった。特に、後者の影響は強く感じられた。
田舎から都会にやってきたというヒロインの設定。彼女が間借りする下宿にまつわる異様な秘密。サイケデリックな照明効果で彩られた画面。土砂降りの雨や業火、更には同監督作「インフェルノ」(1980伊)と同じ名前を冠したバーまで登場してくる。いやが上にもアルジェントの魔女三部作を想起させる。
テーマは先頃見た
「プロミシング・ヤング・ウーマン」(2020米)然り、女性の性の搾取と捉えた。
ただし、本作は1960年代に生きたサンディを通してそれが語られており、それが現代に生きるエロイーズの生き方に大きく関わってくることはない。確かにエロイーズは恐ろしい体験をした。しかし、その体験が彼女の人生に何か影響を与えたかと言うとそういうわけではない。そのためテーマが弱く感じられてしまった。過去にこういう悲惨な事件がありました…という<情報>だけに収まってしまった感がある。
キャストではエロイーズを演じたトーマシン・マッケンジーの可憐さが印象に残った。純朴そうな外見から徐々に魔性を忍ばせていく後半の変身ぶりが見ものである。
サンディを演じたアニャ・テイラー=ジョイの小悪魔振りも実に堂々としていて良かった。