「花筐/HANAGATAMI」(2017日)
ジャンル青春ドラマ・ジャンル戦争
(あらすじ) 1941年の春。17歳の青年・榊山俊彦は、アムステルダムに住む両親のもとを離れ、唐津に暮らす叔母の家に身を寄せていた。肺病を患う従妹の美那にほのかな恋心を抱きながら、鵜飼や吉良といった学友たちと楽しい日々を送るが、戦争の影が徐々に忍び寄ってくる。
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(レビュー) 戦時下における若者たちの青春を鮮やかな映像と幻想的なタッチで描いた作品。
原作は壇一雄の短編小説(未読)で、それを大林宣彦監督、脚本で映画化した作品である。
wikiによると、脚本自体はデビュー作「HOUSE ハウス」(1977日)以前に書かれていたらしく、その草稿を基にして今回の映画は出来上がっているということである。長年温めていた企画ということだけあって、氏の並々ならぬ思いが画面から感じられた。
また、本作の製作時、大林監督はすでに余命宣告を受けており、この企画だけはやり通さなければならないという強いもあったに違いない。撮影は闘病の中で行われ、その模様は自分もNHKのドキュメンタリー番組で見たことがある。車椅子に座りながら演出をする監督の姿は正に生涯現役。強く印象に残った。
本作は
「この空の花 長岡花火物語」(2012日)、
「野のなななのか」(2014日)に続く”戦争3部作”の最終章にあたる作品である。いずれも戦争に翻弄された市井の人々に根差したドラマで、大林監督の戦争批判が色濃く反映された連作となっている。
物語は主人公の俊彦の視座で、叔母の圭子、従妹の美那、同級生の鵜飼、吉良、更に美那の女友達である千歳、あきね達を描く群像劇になっている。かなり複雑に入り乱れた人物相関だが、夫々に個性的に造形されているおかげで、とても分かりやすく作られている。
例えば、鵜飼と吉良はまったく正反対な容姿、性格をした者同士ながら、戦争に行けぬ不具者という点でどこかシンパシーを感じてる。友情とまではいかないが、その関係は中々スリリングで、最終的に同じような末路を辿ることも含め、とても数奇な関係に思えた。
複雑に絡み合う恋愛模様も味わいがある。俊彦は美那に恋焦がれるが、当の美那は鵜飼に一目惚れする。しかし、鵜飼は千歳と交際中であり、その千歳は親友であるあきねに同性愛的感情を密かに抱いている。更に、彼女は従兄弟の吉良と幼い頃から因縁めいた関係にある。万華鏡のごとく形を変えて繰り広げられる恋の駆け引きは複雑怪奇にして予測不可能。これだけ入り乱れた群像劇を大林宣彦は何なりと捌いてみせており、改めて氏の手腕には感心させられる。
そんな中、一番印象に残ったのは中盤のピクニックのシーンだった。メインキャストが一堂に集い、戦争への機運を避けようがない現実として受け止めながら、夫々が今ある幸せを楽しもうという無邪気さに溢れていて観てて切なくさせられた。
事実、俊彦たちの担任教師はすでに出兵しており、おそらく生きて帰ってこれないだろうということは、皆が知っている。そんな中でも、彼らは今この瞬間の幸せをかみしめる。この時のニヒルな吉良が美那の可憐さに鼻血を出すというコミカルな芝居が良い。シリアスな雰囲気を一気に壊しかねない演出とも言えるが、逆にここまで大胆に悲喜劇の落差を創り出せるのが大林監督の”したたかさ”だろう。他の監督には到底真似できないところである。
大林監督の演出は、独特の編集リズム、デジタル処理が施された様式美溢れる映像を奔放に繰り出しながら、老いてなお健在。ここまで監督のこだわりを盛り込まれると、観ているこちらの情報処理が追い付かなくなってしまうほどである。戦争3部作はいずれもこうした作風だが、おそらく監督としては2度、3度観て楽しめるように敢えて装飾過多な作風にしているのかもしれない。この最終章はその究極という感じがした。
本作で唯一、腑に落ちなかったのは終わり方である。美那の病の原因が鵜飼の言葉で示唆される。しかし、これは唐突に感じられた。加えて、そこに圭子が一枚嚙んでいたというのは、どう考えても理解に苦しむところである。どうやら原作にも同様のシーンは存在するようだが、それは美那が見た幻想として表現されているらしい。ただ、映画を観てみると、現実なのか幻想なのかよく分からず、戸惑いを覚えてしまった。
キャストでは、吉良を演じた長塚圭史の異様な風貌が印象に残った。彼の容姿に対するコンプレックスがとても人間臭くて魅力的だった。
俊彦役の窪塚駿介は一貫して朗らかな表情を崩さず、戦火に呑まれる周囲の悲劇に明るい灯を照らしているかのようだった。これも大林監督の意図した演出なのだろう。かくしてその演技プランはラストの老いた俊彦の悲痛な叫びに結実するわけだが、ただここは別の老俳優によって演じられている。個人的には特殊メイクを施した窪塚のままでやって欲しかった気がする。
鵜飼役の満島真之介は正に適役と思った。研ぎ澄まされた精神と肉体を体現するに十分の美青年振りを披露している。
女優陣については、美那を演じた矢作穂香の可憐さが印象に残った。薄幸な美少女というキャラクターは、もはや大林作品における安定のヒロイン像といった感じである。