「ブリーダー」(1999デンマーク)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) レンタルビデオショップで働く平凡な青年レニーは、店主のキッチョや親友レオに囲まれながら平和な日々を送っていた。ある日、行きつけのカフェで働く女性レアに心惹かれてデートに誘う。一方、レオは恋人のルイーズが妊娠したことで動揺してしまう。これを機に二人の関係は徐々に破綻していく。
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(レビュー) コペンハーゲンの下町に生きる若者たちの日常をスタイリッシュに綴った人間ドラマ。
本作に登場するキャラは、いずれも”どん詰まり”な暮らしを送っている。
映画オタクなレニーは、恋人も作らず毎晩家に引きこもってビデオを観るだけの日々を送っている。無職のレオは恋人ルイーズの妊娠をきっかけに、束縛されることを恐れ次第に暴力的になっていく。ルイーズの兄ルイスは町のチンピラと暴力の世界に溺れている。レアは寂れたカフェで給仕をしながら、変わり映えのない退屈な日々をやり過ごしている。
映画はそんな日常の佇まいを淡々と綴りながら、やがて起こる悲劇的な事件を描いていく。
正直、誰にも感情移入できないまま観終わってしまったのだが、最後にほんのわずかな希望を灯して映画は終わり、自分はそこに何とも言えぬ感動を覚えた。絶望に打ちひしがれる一方で、やはり人はこうして前に進んで生きていくしかないんだな…という思いにさせられた。
監督、脚本はニコラス・ウィンディング・レフン。
「ドライヴ」(2011米)で世界的に注目された異才である。レフンと言えば独特なスタイリッシュな映像演出を持ち前とする作家だが、本作でもその特徴は見てとれる。
例えば、主要キャラを一人ずつ紹介するオープニングタイトルは実に秀逸だ。街を闊歩する姿にジャンルの異なる音楽を合わせながら、夫々の個性を軽快に紹介している。
あるいは、バイオレンスシーンにおけるパースを強調した構図も独特のものがある。それによって暴力の恐怖を鮮烈に表現してる。
シーンを赤色のフェードアウトで締めるのも不穏な予感をさせるエキセントリックな演出で印象に残った。
こうした数々の映像感性は
「オンリー・ゴッド」(2013デンマーク仏)で頂点を極めるが、その萌芽がすでに今作から見て取れたのは興味深かった。
そして、おそらくだが本作に登場するレニーはレフン監督の自己投影が多分に入っているのではないかと想像できる。
レフンは相当のシネフィルであることはすでに知られているが、本作のレニーもかなりの映画マニアである。その証拠に、本作冒頭でレンタルビデオショップに来た客に向かって、レニーは様々な映画監督の名前を挙げておススメ作品を紹介している。自分も良く分からない名前が挙げられていたが、おそらくデンマークでは有名な映画監督なのだろう。ともかくその圧倒的知識量から、彼が相当の映画マニアであることがよく分かる。そして、彼は大のブルース・リーのファンで、B級映画ファンである。部屋の壁には至る所にカンフー映画のポスターが貼られていた。
そんなレニーがラストでルイーズにお勧めする映画が何かというと…これには思わずクスリとしてしまった。やはり好きな映画とデートで見る映画は違うのか…と。果たして、レフン監督はどうなのだろう?
本作は希望の見えない若者たちの生き様がテーマだが、もう一つ。自分は裏テーマのようなものを、レニーたちのドラマの中に見てしまった。それは”現実”と”虚構”という二項対立である。本作の登場人物たちは皆、現実と虚構の世界を往来していると言える。
まず、レニーやキッチョ、そしてレアは、映画や文学といった虚構の世界にドップリと浸かっている人たちである。それに対して、レオやルイーズ、ルイスは目の前の現実にもがき苦しみながら、夢や妄想を抱き、時に映画の世界に浸ることで現実を忘れようとしている人たちである。
映画や文学、あらゆる芸術は、人々に娯楽を与え、時に麻薬のように人々を狂わせる効力も持っている。レニーやキッチョ、レアはそれによって鬱屈した日々から救われている。しかし、レオはそこに己の暴力性を発見してしまった。その結果、ルイーズとルイスを巻き込んで悲惨な結末を迎えてしまう。レニーたちと正反対の末路を辿ってしまうのだ。
後年、レフンは
「ネオン・デーモン」(2016米仏デンマーク)で現実と虚構に翻弄される女性モデルを主人公にした映画を撮っている。彼女もまた本作のレオのように虚実に飲み込まれてしまった人物のように思う。
救われる者と破滅する者。この違いは何だろう…と想像すると、レフン監督自身の思想が何となく想像できてしまう。彼は虚構、更に言えばそれが具現化された映画や文学は人を幸福にさせる一方で逆に不幸にしてしまう恐れもある、と考えているのではないだろうか。映画に限らないが、あらゆる娯楽、芸術はこうした功罪があることを彼は信じているのだと思う。
ある種魔術的な映像演出を得意とするレフン監督のこと。映画製作を軽んじない姿勢が、そんなところからも窺い知れる。