「空白」(2021日)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 漁師をしている添田充は、妻と離婚して中学生の娘、花音と暮らしている。ある日、スーパーで花音が店長の青柳に万引きを見咎められ、逃げて車道に飛び出した末、凄惨な事故に巻き込まれて命を落としてしまう。突然の娘の死に悲しみ暮れる添田は、彼女の濡れ衣を晴らそうと青柳を激しく責め立て始めるのだが…。
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(レビュー) 観ていてとても辛い映画である。大切な一人娘を突然失った添田の悲しみ、怒りは想像するに難くない。ただ、自分はこうした経験をしたことがないので分からないが、きっと添田のようにはならないだろうと思った。怒りは当然湧くだろうが、それよりも悲しみの方が勝ってしまうだろう。したがって、自分にとっては、この添田というキャラクターに、ある種の異物感というかモンスター性を感じてしまった。
添田は激昂型な男である。それは冒頭の漁のシーンや花音との食事シーン、青柳や学校に対する喧嘩腰な態度からもよく分かる。責めるばかりで、相手の話をまったく聞かない独善的な男である。そのくせ娘の花音のことを何一つ知ろうとしなかった我が身を顧みようともしない。花音が学校でどんな生活を送っていたのか?どうして万引きすることになったのか?そこにはきっと彼女の寂しさや悩みがあったはずである。しかし、そうした花音の気持ちを推し量ることもせず、ただ「うちの娘が万引きなんかするわけがない」と決めつけて、青柳や学校側を批判する。
ことほどさように、この添田という男は他者を思いやる気持ちに欠ける薄情な男なのである。
したがって、観ている最中は彼に感情移入するどころか、彼に怒りの矛先を向けられる青柳や担任教師、そして彼のことを気に掛けながら邪険にされる漁師見習の青年の方に同情してしまった。
観てて決して気持ちのいい映画ではない。しかし、ここに登場してくる人々の苦悩はよく理解できるし、果たして自分も添田のように他者に対して冷たい態度をとっていることはないだろうか…と考えさせられた。
テーマは「寛容」ということになろうか。添田が怒りを鎮めて、他者を、そして自分自身を許すというドラマ自体、少々ありきたりという感じもするが、「寛容」というテーマは実に重厚に描けている。
ただ、この映画にはもう一つテーマがあると思っていて、それは映画のタイトルにもなっている「空白」である。これは何を指しているのだろう?と映画を観終わって考えてみたが、色々と想像できる。孤独だった花音の心の「空白」。花音を喪失した添田の心の「空白」。そして、今回の事故で人生のすべてを失ってしまった青柳の心の「空白」。大切なものを失った時に人は「心にぽっかり穴が開いたよう」と言うが、本作に登場する主要人物たちも皆そうである。
そして、その空いた心を埋めるのは、他者の「思いやり」なのではないだろうか。残念ながら添田にはそれが欠けていた。花音に対しても、青柳に対しても、そしてドラマのキーパーソンとなる事故の加害者である女性に対しても、彼は怒りに任せて思いやりに欠ける言葉をぶつけるばかりだった。それによって周囲を傷つけ、自分自身も更に苦しむことになってしまった。
更に言えば、青柳のスーパーで働く寺島しのぶ演じる女性従業員は、一見すると「思いやり」に溢れた慈善的な女性に見える。しかし、これも人によっては、偽善的なおせっかいでしかなく、逆に自分が惨めになるだけで何の助けにもならない場合がある。例えば、彼女は落ち込む青柳を少しでも元気づけようと必要以上に明るく接するが、当の青柳は少々困った顔をしていた。添田と同様、彼女も他者の気持ちを推し量れない女性なのである。ここはこの映画の鋭い所だと思った。
監督、脚本は
「ヒメアノ~ル」(2015日)や
「愛しのアイリーン」(2018日)の吉田恵輔。これまで観た作品はいずれもコミック原作ということもあり喜劇と悲劇のバランスの上に成り立ったバラエティに富んだ作品だったが、本作はオリジナル脚本でテイストも完全にシリアスに振り切っている。
マスコミの事故に対する下卑た報道描写に浅薄さを覚えたり、普通であれば裁判に訴えるという方法もあると思うがそうした司法上の描写が一切ない所に不満を感じたものの、基本的にはこれまでに見られたようなヒリヒリとした緊張感を上手く創出しながら全体的に上手くまとめていると思った。
また、重苦しいトーンが続く中に、添田と漁師見習の青年の温かみのある交流を挿話したところに味わいがあった。
キャストでは、やはり添田を演じた古田新太の熱演が突出していて、全編出ずっぱりということもあるが、完全に彼の映画になっている。これまではどちらかと言うとバラエティ番組やコメディのイメージが強かったが、ここではそれを完全に封印してシリアスな演技に徹している。