「ヘンリー」(1986米)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) 連続殺人鬼ヘンリーは、その犯行を知られることなく、友人オーティスと共同生活を送っていた。ある日、オーティスの妹ベッキーがやってくる。ベッキーはヘンリーに興味を持ち、その部屋で一緒に住むことになるのだが…。
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(レビュー) 実在した連続殺人犯ヘンリー・リー・ルーカスの実像に迫ったクライム・ドラマ。
アメリカ最大の大量殺人犯として有名で、一説によると被害者は300人以上とまで言われている。但し、この数字は眉唾物で、当時の警察の取り調べがどこまで正当に行われていたのか疑わしい部分もあり、本当の所は分からないようだ。
映画はドキュメンタリータッチでヘンリーの日常を描いており、何とも言えない息苦しく陰鬱な雰囲気が漂っている。
冒頭からヘンリーに殺されたと思われる女性の死体が次々と映し出されていくという強烈さ。その後、カメラは平然とダイナーでコーヒーを飲むヘンリーの素顔を映し出す。部屋に戻ると相棒のオーティスがいて、無為な暮らしぶりが描かれる。そこにオーティスの妹ベッキーがやってきて、奇妙な共同生活が始まる…という流れで物語は淡々と進行していく。
劇中にはヘンリーが直接殺害に及ぶシーンは無い。しかし、ヘンリーの薄気味悪い表情や、ベッキーに告白する凄惨な過去の話などから、どことなく血生臭い男であるということが伝わってくる。このあたりの抑制された演出が秀逸で、安易な見世物映画に堕さない所が、ある種非常に映画的な作りとも言える。
監督、脚本はジョン・マクノートン。本作を自主製作で撮り、その手腕がM・スコセッシの目に留まり、ロバート・デ・ニーロ、ユマ・サーマン共演の「恋に落ちたら…」(1993米)の監督に抜擢された。その後も順調にハリウッドで活躍することになる。そんな名匠がこのようなアンダーグラウンドな作品から出発していたというのは驚きである。
ただ、実際に本作を観ると、スコセッシのおメガネにかなったという演出力には確かに唸らされる物がある。
例えば、ヘンリーとベッキーの初めての会話シーン。母親を殺したと告白するヘンリー。その言葉を興味深く聞き入るベッキー。両者のアップのカットバックで紡ぐ中、オーティスがやってきて会話が寸断される。カメラがアップから下方にパンすると、いつの間にかベッキーがヘンリーの手を握っていたことが分かる。二人が急激に惹かれあっていく瞬間をさりげなく見せるあたりは見事で、こうしたセンスの良い演出が随所にうかがえる。
あるいは、終盤の不意を突いた演出にも息を呑んだ。詳しくは書かないが、自分はまんまと騙されてしまった。
粒子の粗いざらついた映像も、全体のドキュメンタリータッチにマッチしていたと思う。低予算の自主製作作品ということなので、おそらく16ミリで撮影されたと思うが、それがノンフィクションの生々しさを上手く創り出している。
ヘンリーを演じるのはマイケル・ルーカー。今でこそ「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズ等で大活躍を果たしているが、本作が彼の映画初主演作である。監督のジョン・マクノートン同様、インディペンデントから出てきた才能の一人で、息の長いキャリアを継続中である。