「静かな雨」(2019日)
ジャンルロマンス
(あらすじ) 大学の研究室で働く行助は、片足に障害があり足を引き摺って歩いている。ある日、彼はたいやき屋を営む女性こよみと出会い、少しずつ距離を縮めていく。ところが、幸せも束の間、こよみが事故に遭ってしまう。
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(レビュー) 事故の後遺症で記憶が一日しか持たなくなってしまったヒロインと、彼女を支える青年の愛を静謐なタッチで描いたロマンス作品。同名小説(未読)の映画化である。
監督、共同脚本は
「愛の小さな歴史」(2014日)、
「走れ、絶望に追いつかれない速さで」(2015日)、
「四月の永い夢」(2018日)の中川龍太郎。
短期記憶喪失障害に陥ったヒロインを主人公が献身的に支えるというプロットは、
「50回目のファースト・キス」(2004米)を連想させる。あちらは完全にウェルメイドな作りのラブコメなので、本作とはテイストは全く異なるが、基本的なプロットはほぼ一緒と言って良いだろう。
今時珍しいくらいの純愛で観ててこそばゆくなってしまった。このあたりは原作に準拠した作りなのかもしれないが、「四月の永い夢」を観ていると中川龍太郎の作家性も多分に入っているような気がする。感情を決して前面に出すわけではないが、登場人物の感傷に引きづられた行動に、正直余りリアリティは感じられない。
ただ、「四月の永い夢」ほどヘビーなテーマではない分、ドラマと演出トーンの乖離はさほど気にはならなかった。
最も印象的だったのはブロッコリーのクダリである。行助はブロッコリーが苦手で、記憶を保てないこよみはブロッコリーを使った料理を毎晩のように出してしまう。しかし、それはこよみなりの別の意図があって…という所が中々泣かせる。
本作はこうした”小技”がとてもうまく行っていて、他にも行助とこよみが同じ挨拶を毎朝反復するシークエンスも巧妙な演出だと思った。ある時から二人の挨拶に少しずつ変化が訪れる。その変化に二人の距離が透けて見えて興味深い。
町の人々に愛されるたいやき屋という設定も、物語に牧歌的な親しみを与えていて◎。河瀨直美監督がチョイ役で出てくるので、その関係からどうしても彼女の
「あん」(2015日仏独)を連想してしまうが、常連客とこよみの関係を通して上手く彼女のキャラクターが醸造できていると思った。
物語の終盤に入ってくると、こよみの過去に焦点を当てた展開に入っていく。実は、彼女には他人には打ち明けられない過去があり、そのあたりの謎解きと、それを知った行助の葛藤が一つの見所となっている。
古い過去は覚えていても昨日のことは忘れてしまうこよみに対する行助の胸中は如何ばかりか。それを察すると終盤の展開は切なくさせる。
愛があればどんな障害も乗り越えられる…と言うと少しカッコつけた言い方になってしまうが、要するにそういうことでしか、こういう問題は解決できないだろう。映画はそのあたりのことを敢えてぼかした表現にとどめているが、この殊勝さは本作の美点かと思う。
観てて一点だけ気になったのは、行助の片足が不自由というハンデである。その設定が、この物語にどれほど必要だったか疑問に残った。そもそも彼自身の口からそこについての言及は成されておらず、この辺りは観終わって悶々とさせられた。