「林檎とポラロイド」(2020ギリシャポーランドスロベニア)
ジャンルSF・ジャンルコメディ
(あらすじ) 突然記憶喪失になる謎の伝染病が流行した世界。男は治療のための回復プログラムの下で新たな生活を始める。医師から届く試験を次々とこなしていきながら、彼はある女性と出会うのだが…。
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(レビュー) ある日突然記憶を喪失するという奇病が蔓延した世界を舞台に、孤独な中年男の再生をシュールに綴った作品。
世界観や時代背景、回復プログラムの目的についての説明が一切ないため、少々取っつきにくい作品である。しかし、逆に作品に忍ばされた行間を色々と想像しながら観ていくと大変面白く観れると思う。
記憶を失った主人公の男は、治療のために回復プログラムを受けることになる。それは、アパートの1室と生活費を与えられ、カセットテープで送られてくる医師からの指令を実行していくというものである。指令の内容がとにかく意味不明なものが多く、例えば自転車に乗らせたり、プールに飛び込ませたり、自動車で追突事故を起こさせたり、仮装パーティーに参加させられたり等々。何の意味があるのかサッパリ分からないが、その意味不明な所も含めて、一連のシーンにはシュールさが漂う。
そんなある日、男は同じプログラムを受けている一人の女性と出会う。もしかしたらこれも仕組まれたものなのではないか…と穿ってしまうのだが、そのあたりは映画を観終わっても不明だ。
いずれにせよ、以降は主人公の男とこの女性の関係を描くドラマになっていく。
結局、このプログラムは何のために行われていたのか。それは最後まで謎のままである。しかし、主人公と女性の間に徐々にロマンスめいた感情が芽生えていくのを見ると、これは記憶を回復するためにやっているというより、人間性を回復するためのプログラムだったのではないか…と想像できた。人間の本質的な喜怒哀楽の感情、愛や性といった欲望を取り戻していきながら、徐々に社会復帰していくための訓練だったのではないだろうか。
しかしてオチはと言うと、これが実に興味深く読み解ける。詳細は伏せるが、ここで男が記憶喪失に陥った原因が判明する。それを知ると、むしろ男は記憶を失って幸運だったのではないか…と思った。
タイトルの「林檎とポラロイド」も色々な暗示が隠されているように思った。主人公の男は林檎が好きだったという記憶だけは本能的に残っており、いつも林檎を食べている。林檎は旧約聖書ではアダムとイブが食す”知恵の実”であった。そう考えると、ここでの林檎には記憶の回復が暗喩されているのかもしれない。
一方で、ポラロイドはポラロイド写真のことである。主人公はプログラムを実行した証拠に毎日ポラロイド写真を撮影する。写真も記録するという意味では”知恵の実”である林檎と似たメタファーと読み取れる。しかし、写真の場合は第三者にも知れ渡るという点で個人的な記憶にとどめておく”知恵の実”林檎とは決定的に意味合いが異なる。医師たちはプログラムがきちんと実行されているかどうか、主人公が撮った写真を時々チェックしに来るが、何となくすべてを管理されているような気がして少し恐ろしくなった。ポラロイドは人間の行動を監視する記憶のツールであって、林檎とは意味合いが少し異なるように思った。
監督、脚本は本作が長編初作品の新鋭らしい。特異な世界観とテーマの目の付け所が中々ユニークで、今後も期待したい作家である。かのケイト・ブランシェットが本作に惚れこみ製作総指揮に名乗り出たというから、幸運なデビューと言えよう。
尚、次回作は現在ポスプロ中で、アレックス・ガーランド監督の「MEN 同じ顔の男たち」(2022英)のジェシー・バックリーや
「サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~」(2019米)のリズ・アーメッドが出演するということである。キャストのネームバリューからして、かなり規模の大きい作品になりそうだ。