「CURED キュアード」(2017アイルランド仏)
ジャンルSF・ジャンルホラー
(あらすじ) 人を凶暴化させるウイルスが蔓延した近未来。治療法がようやく見つかり、感染者は“回復者”と認定されて少しずつ社会復帰を果たしていた。セナンもその一人である。彼は亡き兄の妻アビーのもとに身を寄せていた。アビーは幼い息子キリアンを抱えながら、セナンとの交流に癒しを覚えていった。そんなある日、回復者に対する差別が市民の中で激化し始める。
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(レビュー) ゾンビ映画の一種であるが、感染者と回復者、感染しなかった人間という三つ巴の対立が、偏見と差別に満ちた現代社会の痛烈な風刺となっている所が面白い。
そもそもゾンビ映画にはどこか風刺性が入っているものだが、描き方次第ではこうした硬派な社会派作品のような映画にもできる…という所に新味を覚えた。エンタメとして見てしまうと、やや物足りなさを感じてしまうが、作り手側の狙いが明確に伝わってくる分、下手なゾンビ物よりも真摯に観れる。この手のジャンルもやりようによってはまだまだ新機軸を打ち出せるという好例である。
演出は非常に淡々としていて、観る人によっては退屈に感じるかもしれない。特に、前半は状況説明が続くため、観る方としても根気が試される。
中盤以降は、差別を受ける回復者たちが結成した”回復者同盟”なる組織が登場して、一般市民との対立が激化していく。組織の中には穏健派と過激派がいて、その中で主人公セナンの葛藤がクローズアップされていく。彼自身、差別を受けながら、社会復帰の道を模索していくのだが、組織に都合よく利用されまいか…と心配になってしまった。それくらいセナンは純粋な青年である。
本作のもう一つの見所は、セナンと義姉アビーの関係である。セナンには”ある秘密”があり、それが明かされることで、この関係には大きな溝が生まれてしまう。ゾンビ映画ではよくある展開と言えばそれまでだが、やはりこういう話には何とも言えない悲しみが沸き起こる。
悲しいと言えば、感染者の治療法を確立しようとする女性医師のエピソードも印象に残った。実は感染者の中には治療が成功して回復する者とそうでない者がいる。セナンのように運よく回復した者は社会復帰を果たせるが、回復できなかった者は拘束され監禁されてしまう。やがて政府は感染者の安楽死を決定するのだが、そんな中で彼女は未だ回復していない感染者の命を救うために研究に勤しんでいる。そこには彼女の人には言えぬプライベートな”ある思い”が隠されているのだが、それがクライマックスで明かされて実に切なくさせれた。
監督、脚本は本作が長編初作品の新鋭ということだ。ジャンル映画というスタイルを借りながら、実社会を鋭く投影した所に新人らしからぬ大胆さを覚える。
キャストではアビーを演じたエレン・ペイジの熱演が素晴らしかった。童顔の彼女も母親役をやるようになったのかと思うと、時の流れを感じてしまう。
「JUNO/ジュノ」(2007米)で10代の母親を演じた頃がついこの間のようである。