「ドンバス」(2018独ウクライナ仏オランダルーマニアポーランド)
ジャンル戦争
(あらすじ) ウクライナ東部ドンバス地方。ここでは2014年以降、ロシアの支援を受けている分離派とウクライナ義勇軍が激しい武力衝突を起こしていた。フェイクニュースを撮影する役者たち、医療物資を横流しする役人、検問所で取り調べを受けるドイツ人ジャーナリスト等々。緊張した風景をカメラは捉えていく。
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(レビュー) 2014年にウクライナの東部で始まったドンバス戦争を描いた作品。
親ロシア派、いわゆる分離派が多く住んでいるこの地域では長年にわたりウクライナ政府との対立が続いており、やがてその軋轢は武力衝突へと発展していった。そして、その内戦が現在行われているロシアとウクライナの戦争に繋がっているわけである。そのあたりの背景を知っていると、本作の内容は理解しやすいだろう。ある程度予備知識を持ったうえで観ることをお勧めする。
監督、脚本は
「国葬」(2019オランダリトアリア)、
「アウステルリッツ」(2016独)のセルゲイ・ロズニッツァ。ドキュメンタリーを主に撮っている監督であるが、今回は実話を元にした劇映画である。
大きな物語はなく、幾つかのシチュエーションをリレー方式で紡いで見せるオムニバス風な作劇になっている。ただ、オープニングとエンディングが結びつく円環構造がとられており、それが永遠に無くならない無益な戦争の悲劇性を雄弁に語っている。
描かれるシーンも観てて非常に居たたまれない気持ちにさせられるものばかりだ。
医療物資を横流しして私腹を肥やす医師と政治家。避難民を乗せたバスに対する非情な取り調べ。野盗と化した兵士に所持品を奪われ、警察にマイカーを没収されたあげく罰金まで徴収される市民。砲弾がどこからともなく飛んでくる恐怖に怯えながら不衛生な地下室で身を寄せて暮らす人々。分離派とウクライナ側に分断された母娘の喧嘩。
最も強烈だったのは、捕縛されたウクライナ兵が町中で親ロシア派の市民たちからリンチされるシーンだった。初めは軽いノリでからかわれていたのだが、徐々に野次馬が増えていき最後はヒステリックな暴動へ発展していく。その光景は余りにも恐ろしく、犠牲となる兵士が気の毒に思えた。
また、取材しに来たドイツ人ジャーナリストに対する検問所の兵士のセリフも印象に残った。彼は「お前はファシストでなくてもお前の祖父はファシストだろ?」と言い放つ。こうした憎しみの不溶性が戦争を失くさないのだろう。
いずれもリアリティを重視した演出が貫かれており、このあたりは長年ドキュメンタリーを撮ってきたロズニッツァ監督の手腕だろう。
一方で、シニカルなユーモアが時折配されており、そこには劇作家としての妙技も感じる。
例えば、マイカーを没収された男のエピソード、フェイクニュースの俳優たちのエピソードは、かなりブラックに料理されている。観てて非常に居たたまれない気持ちにさせられるが、同時に愚かな人間に対する嘲笑の意味も込められているような気がした。ドキュメンタリーでは表現しえない劇映画ならではの演出のように思う。
尚、1点だけ解釈を迷うシーンがあり、そこはもう少し分かりやすくしてほしかった。それは結婚式の後に出てくる爆撃シーンである。車中から捉えたPOV撮影で1カット1シーンで撮られているのだが、誰の主観なのか分からなかった。
このシーンに限らず、本作は基本的に余り説明をしない作品である。人によっては難解と思うかもしれない。頭を空っぽにして観れるエンタメ作品とは違い、観客が能動的に解釈を試みる必要がある。
そして、本作を鑑賞する上で注意をしておきたい点がもう1点ある。
ロズニッツァ監督はこれまでのフィルモグラフィーを見る限り反ロシア派の立場をとっており、その姿勢は本作でも貫かれている。しかし、戦争は双方に深い傷跡を残すという意味において、自分はどちらにも正義など無いと思っている。
本作は親ロシア派=悪として描いているが、見方を変えれば逆もまた真なりで、過去に映画がプロパガンダとして利用されてきた歴史を鑑みれば、それは自明の理である。
したがって、鑑賞する側もそれ相応の冷静な視点が必要とされる。本作を観て、ただちに善悪を線引きしてしまうのは少々危険な気がした。