「ミュージック・ボックス」(1989米)
ジャンルサスペンス・ジャンル戦争
(あらすじ) 第二次世界大戦後、ハンガリーからアメリカへ移民したマイクは、ある日突然、ハンガリー政府からユダヤ人虐殺の容疑者として身柄を拘束される。彼の娘で弁護士アンが弁護を務めることになるのだが…。
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(レビュー) ハンガリーで行われたユダヤ人虐殺事件をモティーフにしており、自分はこの歴史を知らずに観たこともあり最後まで興味深く観れた。
物語は父マイクの嫌疑を晴らそうとする娘アンの視点で綴られる。彼女は当時の証拠品や虐殺を生き延びた証人を突きつけられ、不利な立場に追い込まれていく。特に、マイクが特殊部隊に所属していたことを示す身分証が決定打となり敗訴が濃厚となってしまう。
…が、ここでこの身分証の信ぴょう性を覆す”ある証人”が登場する。この辺りはややご都合主義という気がしなくもないが、それによって形勢は一気に逆転。アンの攻勢が始まっていく。
監督は
「Z」(1970アルジェリア仏)や
「戒厳令」(1973仏伊)で知られる社会派コスタ・ガヴラス。
法廷におけるスリリングな駆け引きが大変面白く観れる。ガヴラスらしいきびきびとした演出も快調で、最後まで緊張の糸が途切れないあたりは見事である。
また、単にエンタメとして安易に料理しなかった所も如何にもガヴラスらしい。裁判を通して明るみにされる戦争の悲劇。それが重厚に語られ、観終わった後にはズシリとした鑑賞感が残った。
更に、この悲劇的歴史を通じて真実を見抜くことの難しさ。あるいは真実を見ようとしない人間の心の弱さもガヴラスは問うている。何とも言えない皮肉的な終わり方で締めくくられるが、そこには氏からの訓示が読み取れた。
本作で最も強く印象に残ったのは、検事の「青いドナウ川が赤い血で染まる」という言葉である。
ドナウ川と言えば観光名所にもなっている大変美しい川である。しかし、そこには戦争によって無残に殺されてしまった老若男女の魂も眠っているのだ。
アンはドナウ川の傍を通った時に、検事のその言葉を受けて立ち寄る。果たして彼女にはその美しい川がどのように映ったのだろうか。きっとまったく別の景色に見えたに違いない。
コスタ・ガヴラスの映画はとかく政治的なものが多く難解と言われることもあるが、本作に関してはそこまで深い予備知識が無くても楽しめる作品になっている。
単純に法廷ドラマとしてみても十分に楽しめるし、ラストのどんでん返しも含め、よく出来た一級のサスペンス映画になっている。ガヴラス映画初心者にはうってつけの入門編ではないだろうか。
キャストでは、アンを演じたジェシカ・ラングの熱演が素晴らしかった。父の無罪を信じる実娘としての顔。本当は父は虐殺に加担していたのではないか?と疑心暗鬼に駆られる弁護士としての顔。その複雑な葛藤を見事に体現していた。
この映画「ミュージック・ボックス」は、政治的実録映画「Z」「告白」「戒厳令」のコスタ・ガブラス監督によるベルリン国際映画祭で金熊賞に輝く、社会派法廷ドラマの秀作 だと思います。
この映画「ミュージック・ボックス」のコスタ・ガヴラス監督は、もともと社会派の実録映画作家です。
ギリシャ生まれで、政治家ランプラスキー暗殺事件にヒントを得て、時のギリシャ軍事政権を痛烈に批判した「Z」(1968年)、スターリニズムの驚愕の実態をえぐった「告白」(1969年)、南米ウルグアイで実際に起こった事件を基にした「戒厳令」(1972年)など、政治的実録映画を次々と撮って来ました。
その後、アメリカでも映画を撮るようになり、1982年にはチリの軍事クーデターにアメリカ政府やCIAが関与していた事実を暴いた、ジャック・レモン主演の「ミッシング」で、カンヌ国際映画祭の最高賞のグランプリを受賞しました。
そして、1988年には、アメリカ社会に根強く存在する人種差別のテロリストたちを軸に、FBIの女性捜査官とテロリストが対立する立場にいながら、恋に落ちるという「背信の日々」を撮りましたが、この映画「ミュージック・ボックス」は、ユダヤ人虐待の嫌疑をかけられた父の無実を晴らそうとする、女性弁護士の苦悩を描く社会派法廷ドラマで、ペルリン国際映画祭で、最高賞の金熊賞を受賞している作品です。
女性弁護士アン・タルボット(ジェシカ・ラング)は、第二次世界大戦後にハンガリーからアメリカへ移民し、平和な日々を送って来た父マイク・ラズタ(アーミン・ミューラー・スタール)が、突然、ハンガリー政府からユダヤ人虐待の容疑者として、彼の身柄の引き渡しを要求された事で、周囲の反対を押し切って、父の弁護をする事を決意しました。
そして、真相を調べていくうちに明かされる、過去の知られざる父の姿。
彼女は、父の無罪を証明するために、父の祖国ハンガリーへ飛ぶが----。娘と弁護士という立場で揺れ動くアン・タルボットをジェシカ・ラングが熱演しています。
新たに浮かび上がった事実は、父が移民の際、自分の身分は警察官ではなく農民だと偽っていた事でした。
また、同じハンガリー移民のゾルダンという男に、なぜか送金していた事もわかって来ました。
そして、法廷では父がユダヤ人虐殺の先兵であった特殊部隊の"ミシュカ"と同一人物であるという証言が次々と行われ、状況は決定的に不利だと思われました。
しかし、父の無実を信じるアンは着実な反証によって、検察側の証人を切り崩す事に成功するのです。
検察側は遂に"ミシュカ"の知人だという男を証人として持ち出して来ますが、アンはハンガリーのブダベストまで行き、病床にあるその男を訪ね、そこで決定的とも言える反証の資料を手に入れるのです。
しかし、アンの胸中には、父が送金していたゾルダンという男の事故死についての疑念が晴れず、何かすっきりとした気持ちになれませんでした。
その時、アンはゾルダンの姉から唯一の手掛かりになると思われる質札を預かりました。
その後、アンがアメリカへ戻ると、新聞は父の有罪立証が不可能であるという事を一斉に報じていました。
しかし、アンはブダペストでユダヤ人虐殺の証拠である、顔に傷を持った男がゾルダンである事を見てしまっていたのです。
そして、質札から引き出されたミュージック・ボックス(オルゴール)が意外な真実を告げたのです。
その中には、ユダヤ人に銃を向けている若い頃の父の写真が入っていたのです----。
激しく問い詰めるアンに対して、父は私を信じてくれと言うばかりでしたが、もはやアンは父を愛する事が出来なくなっている自分の心に気づき、黙って父の有罪を告げる証拠写真を連邦警察へと送るのです----。
やはり、コスタ・ガプラスという、不当な権力による政治的犯罪に対する、燃えたぎる不屈の精神、抵抗、そして、人間の尊厳を踏みにじる諸々の行為に対する告発----、これらの彼の映画作家としての資質を抜きにしては、とうてい、この映画は製作されなかっただろうと思います。
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