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最後の誘惑

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「最後の誘惑」(1988米)star4.gif
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ)
 イエスはユダと出会い彼に促されて洗礼者ヨハネの元を訪れる。神事を通して不思議な力を手にしたイエスは、弟子を連れて各地を訪れ次々と奇跡を起こしながらユダヤの王となっていく。しかし、それがローマ帝国の逆鱗に触れ、彼は拘束されてしまう。

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(レビュー)
 キリストが十字架のはりつけにされる道程を回想形式で描く本作は、フィクションであることを前置きしている。聖書をそのまま描いた映画ではないという点に注目したい。聖書をなぞったパゾリーニの「奇跡の丘」(1964伊)と、題材は同じながらも趣を大分異にする作品である。

 どちらかと言うと、イエスを奇跡の存在としたのではなく普通の人間として描いており、弟子たちとの旅の中で徐々にカリスマ性を芽生えさせていく一人の青年の物語として描いている。

 本作には原作(未読)がある。イエス・キリストの神的な側面と人間的な側面の二面性に着目したということであるが、正にそういう描かれ方をしていて、そこが大変ユニークだと感じた。

 イエスが不治の病を一瞬で治したり、手のひらに聖痕を発生させたりする一方で、彼はローマ帝国に反旗を翻す革命の先導者になっていく。大衆をまとめるために、彼は敢えてこれ見よがしなパフォーマンスをひけらかし、その計算高さ、あるいは権力を手にする欲望、迷いといったものが大変人間臭く描かれている。

 神の子としての顔、普通の青年としての顔。相反する顔を一人の男の中に同居させることで、純粋に人間ドラマとして観ても大変面白く観れる作品である。

 本作でもう一つ印象的だったのは、裏切り者ユダの造形である。彼は聖書でもキーとなるキャラクターであるが、本作では完全に独自の解釈となっている。果たしてこれを敬虔なキリスト教信者が観たらどう受け止めるだろうか?興味深い所である。

 監督はM・スコセッシ、脚本はP・シュレイダー。共に敬虔なキリスト教信者である彼らは、この大胆な原作に強く惹かれて本作の製作に至ったという。彼らなりに聖書の翻案を試みようとした熱意が感じられた。

 その極めつけは終盤。十字架にはりつけにされたイエスの葛藤を虚実入り混じった演出で描いたシーンである。磔にされた3日後に復活したという奇跡は大変有名であるが、本作はただそれだけで終わらせていない。この翻案は中々に大胆である。

 イエス役はW・デフォー。個人的には悪役のイメージが強いのだが、そんな彼がこれほど慈愛に満ちた優しい眼差しをするのか…と驚かされた。体を張った熱演は物語に力強い息吹を吹き込んでいる。
 キーマンとなるユダ役はハーヴェイ・カイテルが演じている。こちらもこれまでのユダ象を破壊するような怪演で面白く観れた。

 音楽はロックバンド、ジェネシスの元ヴォーカリストであるピーター・ガブリエルが担当している。持ち前のポップなテイストは勇壮なドラマに合っているかどうかはともかくとして、斬新なテーマ同様、音楽もユニークである。
[ 2023/10/29 00:06 ] ジャンル人間ドラマ | TB(0) | CM(0)

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