哀愁漂う中年歌手の姿が良い。彼を支える未亡人の姿も良い。
「テンダー・マーシー」(1982米)
ジャンル人間ドラマ・ジャンル音楽
(あらすじ) 元カントリー歌手のマックは、妻子と別れてテキサスのモーテルに流れ着いた。そこで女主人ローザに雇われて働くようになる。ローザは夫を戦争で亡くし女手一つで幼な子サニーを育てている。まるで家族のようになっていく3人。しかし、彼は今だに妻子のことを忘れられないでいた。その思いが、成長した娘に一目会いたいという親心に拍車をかける。そして、マックは今や歌手として華々しく成功した元妻デキシーを訪ねる。しかし、冷たく追い返され惨めになるだけだった。絶っていた酒に手を出そうとするマック。その時、脳裏にローザとサニーのことが思い浮かぶ。
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(レビュー) 落ちぶれた中年カントリー歌手の再生を描いたドラマ。シングルマザーと彼女の息子との触れ合いをしみじみと描いている。
マックを演じるのはR・デュヴァル。悲哀を滲ませた味わい深い演技でアカデミー賞主演男優賞を取っている。なんと劇中で歌も歌っている。こちらも中々のものだ。
マックは歌手としての名声と引き換えに家族を失ってしまった哀れな男である。アルコールに溺れ暗いトンネルの中を彷徨い続けている。彼が口癖とする「I guess so」には、期待は必ず裏切られる、全てはなるようにしかならない、というような諦めの人生観が表れているような気がする。彼は主張することをやめ殻に閉じこもって生きる隠者になってしまったのだ。そして、ローザとサニーもマックと同様、愛する者を失った者達である。彼らは失ったものを補いながら暗闇の中で少しずつ光を手繰り寄せていく。オーソドックスかもしれないが、実にしみじみとくるドラマだった。
マック役のR・デュヴァルもさることながら、この映画ではローザの母性振りも印象に残る。即物的な恋愛関係を全面に出さなかったところが奏功している。彼女は恋する“女”ではなく、あくまで良き“妻”として常にマックの傍に寄り添う。
例えば、ローザが教会の聖歌隊に入っていることは、売れっ子歌手デキシーとの対比であろう。妻として、母として失格だったデキシー。これに対してローザの大らかな母性は実に尊い。教会でマックが洗礼を受けるシーンが出てくるが、この時のローザの柔らかな眼差しは柔らかく温かく印象的だった。正に彼女の母性が滲み出ているという感じがした。
ただ、本作は全編通して90分に満たない時間で、通常の作品に比べると若干短い。コンパクトにまとまっていて大変見やすいのだが、一方で淡々と進むのドラマ展開に掘り下げ不足も感じた。特に、前半は断片的な構成で味気ない。見る側のモチベーションをしっかり持っていないと少し辛いかもしれない。欲を言えば、120分くらいかけてジックリと描いて欲しかった。