S・ペンの監督としての進化。それがこの映画から感じられる。力作だ。
「イントゥ・ザ・ワイルド」(2007米)
ジャンル青春ドラマ
(あらすじ) 1990年、ジョージア州の大学を優秀な成績で卒業したクリスは、両親に対する長年の不満から全てのキャリアと財産を捨てて旅に出た。ヒッチハイクを快く受けてくれた親切な中年夫婦、バイトに使ってくれた親分肌な農場主、砂漠のコミューンで歌う少女等々。旅は様々な人々との出会いと別れで進んでいく。そこでクリスは生きることの意味について考えるのだった。
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(レビュー) 俗世を捨てて一人旅に出る青年の姿を広大な自然の中に活写した力作。実話の映画化である。
物語は旅の終点となる”不思議なバス”でのサバイバルと、そこに至るまでの旅の経過、この二つを交錯させながら綴られていく。クリスの成長をなぞるような章立て構成が面白い。
また、美しく撮られた大自然の映像も素晴らしい。監督は俳優のS・ペン。彼がまさかこれほど自然に対して啓蒙を持った人間だとは思わなかった。少なくとも彼のこれまでの作品を見る限りではそういった傾向は余り感じられない。
彼の監督作品はこの前になると、アメリカ同時多発テロをモチーフにして作られたオムニバス作品「11’09”01/セプテンバー11」(2002仏)の一編になる。世界に衝撃与えたこの大事件が彼の映像創作に多大な影響を与えたことはこの映画を観るとよく分かる。
歴史は戦争によって作られるという意見もある。そうだとすると、人間が作り出す文明は最終的に我々自身を滅ぼすことになるかもしれない‥。そのことを、この両作品は語っているような気がする。本作の主人公クリスが文明から離れた世界に夢想を抱くのは、争いの耐えない人間社会からの脱却、つまりS・ペンが「11’09”01/セプテンバー11」で伝えたかったメッセージとダブって見えてくるのが興味深かった。
しかし、この映画を見てクリスのような生き方、考え方に素直に同調できない自分もいた。
文明の恩恵に預かる身としては、なるべくなら不自由な荒野での生活は御免こうむりたい。これが若さゆえの傲慢、無鉄砲さなのかもしれないが、22歳の自分に彼のような生き方が選択としてあったかと言われるとNoである。確かに全てのしがらみから解放されて自由に生きてみたい‥という欲求は心のどこかにあった。しかし、それに伴う苦しみが計り知れないということも知っている。単に臆病なだけかもしれないが、おいそれと原始に戻るような真似はしたくない。
ただ、この旅で育まれていく数々の交友は中々魅せるものがあった。家族を捨てたクリスにとって、文化も人種も異なる人々との交友は何物にも変えがたい財産として心に残ったはずである。いずれも旅をしなければ得ることの出来ない経験である。人間を成長させるのはやはり人間である。そんなことを思わせてくれる数々のエピソードは見ていて心地良かった。
人間は目に見えるものだけを信じて、目に見えぬものを信じようとしないが、本当は目に見えぬものの方に大切な”何か”があるのだと思う。つまり、それは人と人の繋がりである。彼はそれを求めたくてこの旅を始めたのかもしれない。
今作の難点は、上映時間が少し長く感じられてしまうことだった。現在と過去のカットバックは効果的だが、逆に言うとそれが淡々としたリズムを生んでしまっている。実話の映画化ということを尊重して敢えてスケッチ風のドキュメンタリータッチを貫いたのだろうが、ドラマとしては何か軸となる大きなポイントが欲しいところである。