抽象的な部分があり、好き嫌いがはっきり分かれそうな映画。
「叫」(2006日)
ジャンルホラー・ジャンルサスペンス
(あらすじ) 東京湾岸地帯で赤い服を着た女性の変死体が発見される。吉岡刑事は死体現場からコートのボタンを見つけた。それは自分のコートと同じものだった。その後、現場に残された指紋が自分のものと一致する。自分には全く身に覚えが無い。では、誰かが罠にはめようとしているのか?同僚の疑いの目が注がれる中、同じ手口を使った第二の殺人が発生する。被害者は高校生男子。犯人はその父親だった。ようやく吉岡の疑いが晴れたが、彼の前に赤い服を着た女の幽霊が現われ‥。
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(レビュー) 女の幽霊に取り付かる刑事の恐怖を描いたサスペンスホラー作品。
監督脚本は黒沢清。この人の作品は一筋縄でいかないことが多い。基本的にホラージャンルを撮る事が多いが、ほぼ確信犯的にコメディ的な演出を持ち込む癖がある。そこが見る人によっては受け付けなかったり、居心地が悪いものに思えたりする。黒沢作品がとっつきにくいと思わせる要因はここにあると思う。純粋なジャンル映画として割り切れないのだ。
しかし、黒沢清の独特とも言えるこの演出癖を知っていれば、またやらかしたか‥といった具合に見れてしまう。もっとも、大抵見終わった後には、頭に「?」マークが浮かんだり、凹むことが多いのだが‥。それでもついつい見てしまうのは、ある意味でM・ナイト・シャマランの作品と同様な奇妙な中毒性があるからなのかもしれない。
尚、本作では伊原剛志の顛末にショックを受けた。まるで冗談としか思えないような演出である。爆笑させてもらった。
物語は前半と後半でかなり違ったテイストを見せる。
前半は同監督作の「ドッペルゲンガー」(2002日)の前半部分(後半はコメディに傾倒していった)を髣髴とさせるドラマで、ジメジメとしたサスペンス色が強い。主演が同じ役所広司であるし、彼が身に覚えのない殺人事件に翻弄されていくのも「ドッペルゲンガー」の主人公と一緒である。
しかし、中盤以降、映画はまるで違った展開を見せていく。どちらかというとSF的なテイストだ。
赤い服の女の幽霊が現れることで、都会の片隅で起こった連続殺人事件は人類にとっての大きな危機、世界の破滅というとてつもない問題にまで飛躍していく。”世界の終末”は、これまでの黒沢清映画にもキーワードとしてたびたび登場してきた。例えば、「回路」(2000日)、「アカルイミライ」(2002日)でも”世界の終末”は明確な形で描かれていた。
本作では、赤い服を着た女の幽霊が世界崩壊をもたらす役回りとなっている。かなり抽象的な描かれ方をしているので今一つピンとこない人も多いだろうが、自分はそう捉えた。女の幽霊に込められたメタファーは、一言で言ってしまえば古き物への哀愁だろう。スピード社会のデベロッパーから取り残された遺物、あるいは移り気な現代人から忘れ去られた廃棄物とも言える。尚、映画の舞台となる埋立地はこれを象徴的に表した場所だと思う。
女の幽霊は自分を見捨てた社会全体に対して激しい怨念を抱いている。どのくらい激しいかというと、全世界を破滅させてやる‥というくらい激しい。
ここまで来ると、前半のサスペンス劇が馬鹿馬鹿しくなってしまう。ただ、逆に言えば、これこそジャンル分け不可能な黒沢映画の真骨頂という感じもした。ある意味で、オンリーワンな作家と言っても良いと思う。
映像は明暗のトーンがかなり奔放に繰り出されているが、個人的には同監督作の「CURE」(1997日)で見せたような人間の視野角の限界に挑むような薄暗いトーンが好きである。今作では吉岡の室内シーンなどでその本領が発揮されている。かなり不気味で怖かった。