緊張感が持続するハードなサスペンス作品。
「チェイサー」(2008韓国)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) デリヘル業をしている元刑事ジュンホは、相次ぐ売春婦の疾走に悩まされていた。相手の客の電話番号がいずれも同じものだったことに気付いた彼は、シングルマザーのデリヘル嬢ミジンを彼の元に送り込む。ところが、彼女とも連絡が途絶えてしまった。心配したジュンホは現場近くまで急行。格闘の末、どうにか犯人を捕まえた。ところが、警察に連行された犯人はあっけなく殺害を自供した。ただ、ミジンの生死については何も語らなかった。ジュンホはミジンの生存を信じて奔走する。
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(レビュー) 韓国で実際に起こった連続殺人事件をベースに、元刑事と殺人犯の戦いをパワフルに描いたサスペンス作品。
デリヘル嬢の連続失踪に不審をおぼえるジュンホの追跡が序盤からスリリングに描かれており、すぐに映画の中に入り込めた。そして、劇中では割と早い段階で犯人ヨンミンは捕まる。しかし、ここからドラマはもう1段階、別の方向に転がり出し、失踪したミジンの救出劇へと展開されていく。全体的にストーリーはスピーディー飽きなく見れた。但し、欲を言えばもう少しタイトにまとめて欲しかったか‥。全体を通しての緊迫感は中々のものがあるが少々長すぎる。
何と言ってもこの映画は犯人ヨンミンの圧倒的な存在感に尽きると思う。この狂った演技は凄まじい。ミジンを風呂場で縛って殺そうとするシーン。ノミとカナヅチで頭を割って殺そうとするのだが、何回も失敗する。正直やり過ぎという気がしなくもないが、これがリアリティーをもたらしている。韓国映画にはこうしたグロテスクなバイオレンス描写がたびたび登場する。それを臆せず出してくる所に毎回度肝を抜かされる。例えば、パク・チャヌク監督の「親切なクムジャさん」(2005韓国)のクライマックスシーン。これは良識的な見地からするとかなり問題アリな名シーン(?)なのだが、それに似た泥臭く、血生臭く、暗いトーンが感じられた。実におぞましい。
そして、ヨンミンの狂気は逮捕後も続く。意外にもすぐに犯行を認めてしまうのだが、死体の遺棄については黙秘を通す。警察の尋問をノラリクラリとかわし、まるでゲームを楽しんでいるかのようにさえ見える。実に憎々しい。
加えて、犯行動機も明かされない。一応、劇中では性的コンプレックスとして片付けられているが、果たして本当にそう簡単に割り切れるだろうか?
ここからは想像だが、彼が親戚一同から爪弾きにされた経緯。ここに彼を殺人鬼に変えたそもそもの原因があったのではないかと想像できる。
彼は母親の愛を受けられなかったのではないだろうか?母への憎しみ、それが女性という存在そのものへの憎しみに繋がっているような気がしてならない。これはシングルマザー、ミジンを巡るドラマから推測しても合点がいく。
途中からミジンの娘がドラマに関わってくるのだが、これは明らかにミジンの母性を表すものである。そして、ヨンミンの幼児期と”対”を成すものだと思う。ミジンを殺害しようとする行為は、すなわち母性を消滅させようとする行為であり、ヨンミンの母への復讐という解釈も出来る。こう考えると、この作品は単なるサスペンス映画というジャンルで括れない、犯罪者の心理を抉った奥の深い人間ドラマのように思えてくる。
ただ、実に骨太で緊張感に溢れた傑作であるが、大きな不満点が一つだけあった。それは事件を追いかける警察の描写の仕方である。これには何度となく突込みを入れたくなってしまった。
冒頭の市長警護の失態に始まり、警察はヨンミンに振り回されっぱなしで何一つ良い所が無い。終いにはジュンホにまで手を焼く始末である。実話が元になっていることを考えると、案外ここまで”だらしなかった”のかもしれないが、映画として見た場合、そのせいでサスペンスの緊張感が後退してしまった。警察内部に一人くらい犯人と真っ当に渡り合えるようなキャラがいても良かったように思う。