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ぜんぶ、フィデルのせい

子供目線の革命ドラマ。
ぜんぶ、フィデルのせい [DVD]ぜんぶ、フィデルのせい [DVD]
(2008/10/03)
ニナ・ケルヴェルジュリー・ドパルデュー

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「ぜんぶ、フィデルのせい」(2006伊仏)星3
ジャンル青春ドラマ・ジャンルコメディ
(あらすじ)
 1970年代のパリ。小学生のアンナは弁護士の父、雑誌ライターの母、弟と幸せな暮らしを送っていた。そこにスペインから叔母と娘がやって来た。当時のスペインはフランコの独裁政権下にあった。反政府の戦で夫を亡くし路頭に迷う一家を、アンナの家は面倒を見ることになる。ところが、両親は叔母に感化されて急に共産主義にかぶれてしまった。一戸建てから小さなアパートに引越し、そこでアンナは質素な暮らしを両親から強いられるようになる。しかも、学校では宗教の授業を受けさせてもらえず、楽しみにしていたバカンスも中止になってしまった。アンナは次第に両親への反発を強めていくようになる。
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(レビュー)
 共産主義に傾倒していく両親によって窮屈な生活を強いられる少女アンナの反発と心の成長を描いた作品。

 スペインからやって来た叔母のおかげで両親はコミュニストになってしまう。一切の娯楽は禁止され、楽しみにしていたバカンスまで中止になる。社会的事情を飲み込めないアンナにとっては、何もかもが理解しがたい”大人の勝手な事情”にしか写らない。次第に両親に対する苛立ちと反発を芽生えさせ、ついには”日常のストライキ”を決行する。
 当時の東西対立を題材にしたドラマは多々あるが、本作はアンナの目線で切り取ったところが特徴で、同じ革命のドラマでも政治色を一背景に抑え、あくまで少女の成長物語に徹して見せた所がユニークだ。
 フランス映画の中には、お国柄なのかこういった革命のドラマが多い。中でも、A・テシネ監督の「野生の葦」(1994仏)は、やはり”子供目線”で捉えた革命のドラマという意味で、本作同様稀有な作品と言う事が出来る。しかし、それでもやはり政治色はかなり強い。本作はそれと比べると、革命行為をかなり突き放して捉えている。そのためそれほど深刻にならず、割とユーモラスに見れるところが良い。

 カメラアングルも大人達の腰の高さ、つまりアンナから見た目線でほぼ固定されている。スピルバーグ監督の名作「E.T.」(1982米)もそうだったが、カメラはあくまで子供の目線に固定され、決して大人達の目線にまで昇らない。そんな所からも、この映画は両親の革命運動よりも、徹底してアンナの日常風景の方に重点が置かれていることが分かる。

 このように、本作は特異な設定でありながら、見ようによってはそれこそ身近なドラマとして見る事も出来ると思う。反抗期における鬱屈した感情。それを克服することで訪れる人間的成長。おそらくは誰もが経験する”ドラマ”ではないだろうか。
 アンナの日常描写は微笑ましく見れる。例えば、弟を連れて家出をするシーン、親友と喧嘩するシーン。この2つは生き生きと描けている。反抗と言っても、所詮は子供である。家出をしても結局行き場が無く家に戻ってくるしかない。親友と喧嘩をしても次の日には何も無かったかのようにすぐに仲直りする。この天真爛漫さは、いかにもこの年頃の少女らしく心を和ませてくれた。

 そして、常に仏頂面をしたアンナが良い味を出している。物事をまっすぐに捉え、理解できないことは理解できない、理不尽なものは理不尽と明言し周囲の大人達を困らせる。彼女が純粋であればあるほど、政治活動にのめりこむ大人達が少しだけ滑稽に見えてくる所が皮肉めいていて面白い。

 監督・脚本はC・ガヴラスの実娘ジュリー・ガヴラス。C・ガヴラスと言えば、以前このブログでも紹介した「Z」(1970仏アルジェリア)等で知られる硬派な社会派監督である。本作はその実娘の処女作だ。父の作風を継承した社会派的な作品かと思ったら、蓋を開けてみると実に純朴な少女の成長ドラマになっている。しかし、父譲りの血はどこかに持っているはずで、それは次作以降見る事が出来るのかもしれない。
[ 2009/11/05 01:16 ] ジャンル青春ドラマ | TB(0) | CM(0)

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