悦楽主義者に成り果てていく男をブラックに描いた作品。
「悦楽」(1965日)
ジャンルロマンス・ジャンルサスペンス
(あらすじ) 大学生篤は家庭教師をしている匠子のことを密かに愛していた。彼女は過去にレイプされたことがあり、しかもその男から未だに付きまとわれていた。憤りをおぼえた篤はレイプ犯を電車から突き落としてしまう。その後、匠子は資産家の男と結婚した。何のために俺は人殺しをしてまで‥茫然自失となる篤。その後、殺害を目撃したという男から脅迫を受けるようになる。その男は官僚役人で、この事を黙ってやる代わりに横領した公金を出所するまで預かって欲しいと申し出た。篤はそれを承諾した。ところが、大金が手元にあると流石に正気を保てなくなる。匠子のことを忘れられず、彼はその金で彼女に似た女を次々と買い漁っていくようになる。
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(レビュー) 平凡で実直な青年が殺人をきっかけに人生を狂わせていく愛憎ドラマ。
篤は永遠の片想い匠子の影を追いかけるようにして、転がり込んできた大金で彼女に似た4人の女達を月100万円で囲っていく。だが、実際にはそんなに匠子には似ていない。すでに彼の頭は狂っているということか?ともかく、彼は匠子を忘れられず怠惰な悦楽主義者に成り果てていく。
4人の女達は夫々にタイプが異なり個性的に色分けされている。
一人目は派手に遊びまくるヤクザの愛人、二人目は借金に苦しむ地味な人妻、三人目はしっかり者のキャリアウーマン、四人目は知的障害の売春少女。篤は彼女等との肉欲を通して、得られなかった匠子との幸せな日々の代用としていく。正に独りよがりの屈折した純愛と言えよう。実に痛々しく写った。
監督は大島渚。肉欲に溺れる破滅思考のドラマはいかにもこの人らしい。原作は山田風太郎だが、大島が脚本を書くとドライなタッチと幻想的なタッチが加わり寓話的な味わいが加味されるから面白い。
大島作品のもう一つの特徴、政治思想については今回はほとんど出てこない。唯一あるとすれば、浪費癖の篤の姿を通して見えてくる反ブルジョワ的な思想くらいであろうか。2番目の女静子の夫が幼い子供を連れて妻を返して欲しいと頭を下げに来るシーンは、ルサンチマンを痛烈に皮肉ったシーンと言える。思えば、夫の下卑た行動に心を痛め病院のドアにそっと金を挟む篤は、やはり冷血漢になりきれない男だったのだろう。それが彼の弱さであり愚かさである。その後のオチの伏線にもなっている。
演出に関しては、ハイスピード撮影とオーバーラップで描く悪夢シーンが怪奇めいていて印象に残った。また、後半に登場する黄昏時のロケーションは画面全体が毒々しいセピア調に染められ、篤の末路を予感させ印象に残った。
篤役を演じた中村賀津雄は中々の好演を見せている。愚かでどうしようもない男だが、そこにリアリティをもたらした所に上手さを感じた。
一方、匠子を演じた加賀まり子は、要所のみの出演で惜しまれた。篤の人生を決定付けるキーマンなのだから、もっと印象に残るような見せ場が欲しい。ちなみに、ラストシーンの彼女の登場の仕方も唐突過ぎて不自然に思えた。もはや後半の彼女は完全に幻の女として描かれている。それはそれでいいのだが、少なくとも彼女が篤にとって絶対的な存在であること。それを明確にしておく必要はあったように思う。終盤にかけての二人の対峙が今ひとつ盛り上がらないのは、この部分を御座なりにしたからだと思う。