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悪人

誰でも“悪人”になりうる怖さ‥。それををじっくりと描いている。
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「悪人」(2010日)星3
ジャンル人間ドラマ・ジャンルサスペンス
(あらすじ)
 長崎の港町。青年祐一は、土木作業員をしながら老いた祖父母と暮らしている。ある日、出会い系サイトで知り合った保険外交員・佳乃に会うため福岡へ行った。ところが、目の前で彼女は本命である裕福な大学生、増尾と一緒に去って行ってしまう。怒った祐一はその後を追った----。後日、佳乃の死体が発見される。警察は殺人事件として捜査を開始した。一方、祐一の元に、以前出会い系サイトで知り合った光代という女性からメールが届いた。彼女は妹とアパート暮らしをしながら、販売店員をしている地味で孤独な女性だった。直接会うことになったが、光代は早速祐一にホテルに誘われる。セックスの後に金を渡され愕然とする光代。その金をつき返して彼女は泣きながら帰った。居たたまれなくなった祐一は、彼女に会いに行くのだが‥。
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(レビュー)
 殺人犯の男と孤独な女性の逃避行を描いたヒューマン・サスペンスドラマ。

 タイトルが「悪人」とは、これまた仰々しい。一昔前なら、野村芳太郎監督・松本清張原作といった顔合わせで映画化されそうなタイトルである。この「悪人」とは言わずもがな、本作の主人公、殺人を犯した祐一の事を指している。それは間違いないのだが、しかしこの映画には他にも「悪人」は複数登場してくる。「悪人」と言っても、ここでは勧善懲悪として割り切ることが出来ない複雑なものとして定義されている。社会的に見れば「悪人」であっても、根は優しい善人だったり、何かの間違いで罪を犯してしまったり‥。つまり、善悪の判断、線引きは実にあいまいと言うことをこの映画は言っている。

 この世に完璧な人間などいない。人は誰しも「悪人」になりうるし、そうなる土壌を持っているという意味で、この物語の主要人物たちは皆、不完全な人間として描かれている。

 例えば、祐一に関して言えば、不器用な対人コミュニケーション、爪を噛むようなしぐさ、まるで子供が書いたような絵。このあたりから明らかに小児性を引きずったまま生きている青年であることが分かる。彼をそういう風にしてしまった原因は色々とある。不協和音な家族構成、過去のトラウマ、閉塞的な生活環境等々。しかし、一番の原因は愛に対する不信感だったのではないだろうか。誰かから愛されたい。そう思った彼は出会い系サイトで他者との結びつきを得ようとした。そして、光代と出会うことで彼の中の愛の不信は解消されていくことになる。言わば、これは祐一にとっての癒しのドラマであり、不完全な人間に向けられたかすかな愛情のドラマという見方も出来る。

 光代に関しては、ほぼ祐一の荒んだ心を癒す母性のように存在している。しかし、彼女にも人間的な不完全性は認められる。祐一と初めてベッドインするシーンで、彼女はこれまでの人生を振り返って、馴染みの道路をただ往復するだけの人生だったと語っている。つまり、彼女は外の世界を知らない少女性を引きずった女、悪く言えば世間知らずな女というわけである。光代もやはり他者との結びつきが欲しくて出会い系にアクセスし、祐一と出会う事でマンネリ化した日常から解放される。やはり、ここにも不完全な人間に対するかすかな愛情が感じられた。

 そして、事件に関わる佳乃、増尾に関しては、言うまでもなく不完全で未熟な人間として描かれている。

 このように人間的な弱さを持った人物が、この「悪人」という作品には複数登場してくる。不幸にも、この事件は彼等の不完全性、未熟さが生んだ悲劇的な事件である。誰か一人が悪いというわけではない。誰もが罪人という見方も出来る。

 ちなみに、敢えて一番の悪人を挙げるとすれば、俺は増尾を挙げる。そもそもの元凶は彼にあるとも言えるし、人の愛をまるでオモチャのように弄び、それを笑い話のネタにする思考は見てて本当に腹立たしかった。映画後半で、佳乃の父親の怒りの矛先が、社会的な罪人である祐一ではなく、増尾に向けられる。自分はこの場面にかなりのシンパシーを感じた。人間にとって一番大切なのは何なのか?という説教じみたセリフは少々鼻につくけれども、この父親の言動には大いに共感を覚えた。

 全体的に人間ドラマに比重が置かれ、サスペンス的な面白みが陰りがちになってしまったのは残念だが、これは作り手の裁量だろう。欲を言えば、祐一の過去のトラウマ。そこをもう少し詳しく見せて欲しかった。そうする事で、彼の人間性にもっと深みが出てきたように思う。
 それと、祐一の祖母にまつわる悪徳商法のエピソードは、メインのドラマに余り寄与していないことから、特に描く必要がなかったのではないかという気がした。そこを描くなら、やはり祐一の過去を彼女が反芻するようなシーンをもう少し継ぎ足して欲しかった。

 キャストでは、主演の妻夫木聡、深津絵里、夫々好演している。しかし、それを上回る安定した演技を見せるのが柄本明と樹木希林である。この二人の演技はもはや貫禄である。特に、樹木希林に関しては、ここ数年の演技はもはや神がかっているとしか言いようがない。何の変哲もない日常のしぐさが一々味わい深い。

 監督は李相日。基本的にリアリティーを追求する演出が取られているが、途中でファタジー描写が入ってくる。ここだけは違和感を持ってしまった。小手先のテクニックに凝りすぎたかな‥という感じがした。とはいえ、そこを除けば全体的に安定した演出を見せている。
[ 2010/09/30 01:38 ] ジャンル人間ドラマ | TB(0) | CM(0)

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