ジュネ監督のカラーが存分に出ているが、あと一歩何かが足りない。
「ミックマック」(2009仏)
ジャンルコメディ
(あらすじ) バジルは幼い頃に戦争で父を亡くして以来、天涯孤独の人生を歩んでいた。ある晩、ギャングの流れ弾に当たって瀕死の重傷を負う。奇跡的に一命は取り留めたものの、仕事と家を失い路上生活の身となった。そこを拾ってくれたのが廃材業をする奇妙な一家だった。発明家、軟体女、言語ヲタク、測量女、人間大砲、様々な特技を持つ彼等に温かく迎え入れられたバジルは安らぎを覚える。そんなある日、彼は廃品回収の最中、自分の人生を狂わせた“仇”を見つける。一つは父を殺した地雷製造会社。もう一つは自分を撃った弾丸を製造した会社。バジルは新しい家族の協力を得ながら二大企業に復讐を開始する。
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(レビュー) 数奇な人生を歩む男と風変わりな廃材職人達の復讐劇をファンタジックに描いたコメディ。
監督・脚本はJ・ピエール・ジュネ。デビュー時から独創的な世界観で多くのファンを魅了するフランス映画界の鬼才である。今回も彼の個性が存分に出た作品に仕上がっている。
ジュネ作品の特徴は、何と言ってもストーリー、キャラクター、演出、全てがコミック・タッチということだ。遊び心溢れる小道具の数々、戯画化されたキャラクター達、破天荒なストーリー展開。まるでアニメーションにそのまま置き換えても可能なほどリアリズムを抑制したコミック・タッチが見られる。デビュー前は短編アニメを作っていたくらいだから、これは元々持っていた作家としての資質なのだろう。そして、彼のもう一つの資質は初期作品に見られるようなブラック&シュールさである。
彼のフィルモグラフィーを見れば分かるが、ブラックな感性は長編デビュー作である「デリカテッセン」(1991仏)でいきなり開眼している。しかし、これを期に徐々に後退し、以降は彼のもう一つのカラーであるメルヘンチックな感性が横溢するようになる。そして、この二つの感性が完全に逆転したのが、日本でもヒットを飛ばした「アメリ」(2001仏)であろう。「アメリ」のキャラクターはかなり“黒い”。しかし、映画の外面はポップで、尚且つラブロマンスというテーマを含め極めてメルヘンチックにオブラートされた作品だった。この2作品はブラックとメルヘン、カラーは違えどジュネ監督の感性が前面に出たという意味で、個人的には大好きな作品である。おそらく、彼の作品を両極に特徴付ける事が出来るという意味でも、重要な作品と言えるだろう。
さて、本作は彼の二つの感性、どちらのカラーが強く出ているか‥ということだが、見ると分かるが明らかにメルヘンチックなカラーの方が強く出ている。平和讃歌的なメッセージを含め、夢や希望、良心に富んだ作り。明らかに明朗なジュネ作品である。これは決して悪いことではないし間違っていると言うつもりもない。ただ、今回は口当たりの良さばかりが目立ち、映画を見たときの歯ごたえというものが余り感じられなかった。初期時代のブラックさも好きな俺には「アメリ」のような“黒さ”がどんどん薄まってしまうことにある種の危惧を覚えてしまう。ジュネの特異な作家性とは何だったのか‥と。
本作には風変わりなキャラが多数登場してくる。これもいかにもジュネ作品らしく、一人一人の設定が凝っていて大変面白かった。ただ、夫々の個性がストーリーを魅力的に見せるているかと言えば、残念ながらそこまでの働きを見せていない。このあたりは見ている最中、ずっと歯がゆかった。
例えば、ギャングの流れ弾を頭部に受けたバジルは、手術で取り出す事が出来ずそのままの状態で生活をしている。頭に入ったままの弾丸。後を期待させる魅力的なプレマイズである。だが、いざこれが物語のスパイスとして機能するかと言えばそうはならない。
また、廃材稼業の面々はプロフェッショナルとしての個性を持たされているが、軟体女を除けば“設定のための設定”としてしか存在していない。例を挙げれば、ジュネ作品の常連D・ピノン扮する人間大砲の見せ場は実に勿体無く思う。ああいうオチにするのなら、彼が人間大砲である意味は無いだろう。また、測量女の活躍も野暮ったい。もっと具体的に目で見て分からせるような演出的配慮が欲しいところだ。バジルの頭に浮かぶシュールな再現映像があったが、ああいった演出がここにあっても良かったような気がする。発明家とギロチン男にいたっては、ほとんど個性を活かすような場面が無かった。要するに、個々の得意分野を披露する場面が圧倒的に少なすぎるので、いわゆる“プロフェッショナル物”の映画としての面白さが余り感じられないのだ。
ジュネ監督の作品は新作が公開されるたびに毎回楽しみにしているだけに、どうしても期待値が高まってしまう。過去作との比較で不満点が多く出てしまうが、フォローの意味も込めて言うが決して凡作とまでは言わない。娯楽作品として一定の水準に達していると思う。ただ、ジュネ監督の作品となると、それだけでは物足りない。次作はもっと観客を挑発するような初期時代のテイストを見せて欲しい。