人間の恐るべき怨念を描いた怪奇映画。いかにもな内容だが、いかんせん盛り上がりに欠ける。
「憲兵と幽霊」(1958日)
ジャンルホラー・ジャンルサスペンス
(あらすじ) 昭和16年、憲兵波島は、愛する明子が同僚田沢と結婚するのを恨めしい思いで見ていた。1年後、波島は軍の機密文書を紛失した罪で田沢を告発し処刑する。実は、波島自身が裏で機密文書を中国側へ売り渡していたのである。その後、邪魔な存在である田沢の義母を自殺へ追い込むと、彼は念願の明子を我が物にした。やがて戦争が激化すると波島は明子をあっさり捨てて外地へ赴任した。そこで彼は死んだ田沢にそっくりな弟に出会う。
goo映画映画生活ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 新東宝の怪奇シリーズは色々と作られたが、本作はあの怪作「地獄」(1960日)や
「東海道四谷怪談」(1959日)で知られる中川信夫が手がけた作品である。いかにも中川監督らしい独特なテイストが見られる。
まず、印象に残るのはカメラワークである。斜め構図のロングテイクやフィルムノワール調のシャープな画面作りが、独特の緊迫感を作り上げいてる。撮影の西本正は後の「東海道四谷怪談」でも極彩色な毒々しい映像を作り出していたが、本作ではモノクロの質感にこだわり不気味なムード作りに専念している。こうした数々の映像から滲み出てくる不穏さは、怪奇映画としては申し分ない。
今作で問題なのはドラマの方である。怪奇映画を想像させるタイトルの割りに、肝心の幽霊はほとんど出てこない。これでは看板に偽りありと言われても、仕方がないのではないだろうか。物語は波島の明子への愛憎、スパイ嫌疑を巡るサスペンス、この両輪で構成されている。ところが、リアルなスパイ劇にはほど遠い内容で余り面白くない。予算も時間もかけられないプログラムピクチャーと割り切っても、中川信夫は本当にこのような作品を撮りたかったのだろうか‥。どうにも中途半端に写ってしまう。
波島を演じた天知茂は良かった。冷酷な眼差しで鬼畜男を演じている。老婆にまで拷問をかけた挙句、身重の女を捨てて別の若い女に走ってしまうのだから、この極悪非道振りは凄まじい。ニヒルな顔立ちゆえ、冷血漢を漂わせた造形がこれ以上にないくらいハマる。以後中川作品の常連となっていくが、よほどこのキャラクターが監督に気に入られたのだろう。テレビの明智小五郎役や「特捜最前線」の刑事役とはまた一味違った悪役ぶりは一見の価値がある。