偏執的な愛憎をオフビートに綴った怪作。
「鍵」(1959日)
ジャンルサスペンス・ジャンルロマンス
(あらすじ) 青年医師木村は、美術鑑定家として有名な剣持の愛娘敏子と婚約中である。公私に渡り順風満帆であったが、ある晩夕食に招待された剣持邸で事件が起こる。剣持の妻郁子が酒に酔って風呂場で気絶してしまったのだ。大事には到らなかったが、同じような事が翌日にも起こった。その後、木村は剣持から写真の現像を頼まれた。何とそこには気絶した郁子の裸が写っていた。それを見た木村の気持ちは敏子から郁子の方へ向いていく。
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(レビュー) 中年夫婦の異常な性愛に巻き込まれていく青年医師の運命をシニカルに描いた愛憎ドラマ。
原作は谷崎潤一郎。監督・脚本は市川崑。セクシャルな男女のやり取りに一定の緊張感は感じられるものの、ストーリーは決して起伏がある方ではない。どちらかというと淡々と進む。これは原作の通りなのかもしれないし、あるいは市川監督が谷崎の純文学風なテイストを必要以上に意識した結果なのかもしれない。いずれにせよ、少し退屈するドラマだった。
また、所々にコメディ的な演出が入ってくるが、これも今ひとつである。例えば、剣持がテレビを見ながらこけるシーンはオフビートな笑いを狙ったものであろう。しかし、“間”が悪いせいでわざとらしく見えてしまう。また、指圧のシーンなどは、逆にあからさま過ぎて笑えない。本作は基本的には悲劇である。それを無視した笑いにどこか薄ら寒いものを感じてしまった。
とはいえ、物語自体はじっくりと読み込んでいけば中々歯ごたえがあると思う。
剣持夫婦のアブノーマルな性生活に翻弄される木村の葛藤はよく理解できる。彼は言わば観客の目線として存在しており、この背徳感は観客の“覗き見したい”というスケベ心に直結されている。途中から剣持の罠だと知りつつも木村は好奇心を抑えきれずその罠にはまっていく。彼の欲求はおそらく誰もが理解できるのではないだろうか。人間は一度快感を知ってしまうと、それがどんなに危険と分かっていて止められない習性を持っている。木村も正にそうだったのだろう。
オチも人を食っていて面白い。伏線の張り方はやや甘い感じがしたが、ドロドロした愛憎劇を一掃してくれるような、そんな爽快感が味わえた。
撮影監督宮川一夫のカメラも良い働きを見せている。市川監督は少し凝った画面構図を好んで持ち込む映像派作家だが、宮川一夫はその意を上手く汲み取りながら、それでいて余り過剰にならず絶妙な按配で安定したフレーミングを設計している。このあたりはベテランカメラマンならではの手練だろう。また、彩度の低い渋めのトーンも、全体を覆う隠微な雰囲気を上手く表現している。もしかしたら、これがあったから後の
「おとうと」(1960日)の“銀残し”が生まれたのではないか。そんな風に思えた。
キャストでは何と言っても、剣持を演じた中村鴈治郎のいやらしい演技が白眉である。片足が悪いという設定は不具者であることを更に惨めに見せているが、彼の腹黒さを考えるとそれすらも何だか郁子に対する当てつけのように見えてしまう。
郁子を演じた京マチ子は白い肌を見せ、これまた色っぽく演じていて◎
唯一、木村を演じた仲代達也はこの役柄に不似合いな印象を持った。とぼけた味を見せようとするのは、市川監督のオフビートな演出との相性で言えば合っていると言えるが、どうしても周囲から浮いてしまう。