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股旅

青春映画?任侠映画?特異な演出が際立つ怪作ならぬ快作!
股旅 [DVD]股旅 [DVD]
(2001/11/22)
萩原健一、小倉一郎 他

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「股旅」(1973日)star4.gif
ジャンル青春ドラマ・ジャンルアクション
(あらすじ)
 江戸時代後期、源太、信太、黙太郎の3人の若者達が、渡世人に憧れて旅をしていた。ある寒村で組同士の縄張り争いに巻き込まれるが、小さないざこざに馬鹿馬鹿しくなって彼らは再び旅立った。途中で賭場を襲ったりしながら、ある村に辿り着く。3人は番亀一家に潜り込み、そこで源太は失踪した父と再会する。父は金貸しの取立人をしていて女と暮らしていた。その惨めな姿に腹を立てるが、腐っても親子である。やはり憎めなかった。そんなある日、源太は番亀親分から父が敵対する組と内通しているので今すぐ首を取って来いと命令される。
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(レビュー)
 3人のヤクザ青年が非情な運命に打ちのめされていく姿をエッジの効いたタッチで描いた異色の仁侠映画。

 かなりユニークな作りの時代劇である。物語の舞台は江戸時代末期であるが、映画が製作された時代を考えると、実はこれは当時の若者達の世相を風刺したドラマなのではないかと推察できる。若者達の間に蔓延していた怠惰な空気感が、3人のヤクザ青年達の生き方にはっきりと投影されている。同じ幕末というキーワードでいくと翌年に製作された「竜馬暗殺」(1974日)にも同様のユニークさが見つかる。時代劇でありながら現代風な香りを漂わせたところが実に面白い。

 本作はキャスト面での成功が大きいと思う。黙太郎を演じた萩原健一は、前年に「太陽にほえろ!」でマカロニ刑事を演じ、翌年には「傷だらけの天使」で主演している。本作を含め一連の作品で見せたショーケンの自由奔放で風俗にまみれた現代的な若者像は、彼が醸す独特のキャラクター性と言っていいだろう。雰囲気があって良い。
 他の2人の若者、源太と黙太郎についても基本的には同じ穴の狢で、気ままで宛てのない旅を楽しむ無職、無収入、無宿者達である。源太を演じるのは小倉一郎、信太を演じるのは尾藤イサオである。弱々しく情けない源太、お調子者の信太。こちらも夫々に持ち味を活かしながら妙演している。

 さて、ここまでのキャスティングを見たら、多くの人が普通はショーケンが主演だと思うだろう。しかし、異色な作品スタイル同様、本作はこのあたりも少し捻くれている。物語のメインを張るのは、小倉演じる一番弱々しい源太である。
 彼は再会した父の首を取ってくるよう親分から命令される。義理を取るか?人情を取るか?彼が本当の意味での“渡世人”になれるかどうかの試練が与えられる。ドラマの中盤以降はこの葛藤を軸に展開されていく。

 正直、前半は物語の方向性が定まらず今ひとつという感じがした。無目的な旅を延々と写されても、それだけでは退屈してしまう。しかし、後半から源太のこの葛藤が明確に炙り出されていくことで、徐々にドラマに芯が立って映画に集中する事が出来た。源太の運命、友情で繋がる黙太郎、信太の運命がどう転がっていくのか?面白く見る事ができた。

 監督は市川崑。同じ股旅物としては前年に「木枯らし紋次郎」を撮っているが、その流れからすると本作を監督したのも何となく合点がいく。但し、本作の狙いは紋次郎のようなニヒルな格好良さではなく、それとは逆の“格好悪さ”である。華麗な剣術を披露するわけでもないし、勧善懲悪でもない。その証拠に、この映画に出てくるチャンバラシーンは実に情けないものである。敵も味方も関係なくただ闇雲に刀を振り回し、腕や足にかすり傷を負えば泣き叫びながら地面を這い蹲る。どのシーンを取っても敢えて不恰好に撮られている。この方がリアリティがあると市川監督が考えたのだろう。また、信念を持てない甘えた現代の若者像をリアルに再現する狙いがあったのかもしれない。穿ってみれば、ケレンミを標榜した娯楽時代劇に対するアンチテーゼ‥と捉えられなくもない。

 演出スタイルにもユニークな特徴が見られる。アクションシーンはもちろんのこと、平凡な日常描写まで、異常なほど短いカットがインされる。それによって見る側のスムーズな時間感覚、映画を見るリズムというものは狂わされてしまう。市川監督は作品によっては時々こうした細かな編集をするが、本作ほどそれが突出した例は今までに見た事が無かった。特に、クライマックスにおけるカッティングの嵐は、もはや音と映像が完全に合っておらず異化効果にすら生んでいる。まるで子供がダダをこねているようにしか見えず爆笑するしかなかった。おそらくこれも監督の意図するものなのだろう。このクライマックスとその後に続く結末は、当時の若者達の“幼稚性”の表明と捉えた。

 尚、当時の潮流を考えても、この作品がいかににユニークな存在だったかが考察できる。この頃はヤクザ映画にも陰りが見え初めていた頃で、東映は「仁義なき戦い」シリーズで新たに実録物を出発させた。既存のヤクザ映画にはないリアリズムに賛否はあったものの、その衝撃的な内容でヒットを飛ばした。方や、本作はその逆を行くような古き郷愁の世界、股旅の世界である。同じ任侠映画にカテゴライズされながらも、同時代的に言えば本作がいかに異色な作品であったかが分かる。

 それと、音楽もかなり独特である。オープニングからいきなり度肝を抜かされたが、音楽を担当する九里子亭(くりすてい)は市川崑監督と夫人の共同ペンネームである。ミステリー作家のアガサ・クリスティから取ったということで、他に数本、映画の脚本を書いている。例えば、以前このブログで紹介した「悪魔の手毬唄」(1977日)は九里子亭の脚本である。
[ 2011/01/19 01:39 ] ジャンル青春ドラマ | TB(0) | CM(0)

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