ドキュメンタリズムに拠った特異なスタイルの作品。
「愛の予感」(2007日)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 都内の学校に通う中学2年生の少女が、同級生を刺し殺した。1年後、被害者の父親と加害者の母親が北海道の苫小牧で出会う。父親は鉄工所で働きながら社員寮に下宿し、母親はそこで賄いの仕事をしていた。二人は互いを意識しながら言葉も交わさず、ただ事件の悲しみを背負いながら日々を送っていく。
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(レビュー) 子供を殺された被害者の父親と加害者の母親の交流を静謐なタッチで描いた人間ドラマ。
製作・監督・脚本・主演・主題歌は以前ここで紹介した
「海賊版=BOOTLEG FILM」(1999日)の小林政広。正にインディペンデントのワンマン映画で、彼の実験精神がとことん追求された作品と言っていいだろう。
セリフは冒頭とラストに登場するのみで、あとは淡々と二人のルーティンワークが言葉がないまま映し出されていく。登場人物は寮と鉄工所を往復するだけで、食事、風呂、労働、コンビニの買い物が繰り返されていくのみである。セリフが無い上に延々と同じシチュエーションが続くので、見ようによっては大変退屈する作品かもしれない。しかし、この何の変哲も無い日常の中に、彼らが背負う過去の悲しみと、そこから抜け出せない苦しみといったものが感じ取れる。また、一見すると同じシーンを繰り返しているように見えて、細部では微妙な変化が起こっており、それらに注視すれば二人の感情のすれ違いがかすかに読み取れる。
例えば、食事のシーン。父親はおかずに手をつけず毎日卵かけご飯しか食べない。まるで何かの儀式か、あるいは母親に向けられた何かのサインか?彼の胸に去来するものは何なのか?そして、ドラマが進むに連れて彼の食事風景は変化していく。表出する変化の中にキャラクターの微妙な感情の動きを想像しながら見れば、淡々としたシーンの連続でも十分魅力的なものになっていく。
他に、プリペイド式の携帯電話にまつわるエピソードも面白い。父親は一体どういう気持ちで携帯電話をあげたのか?受け取った母親はどういう思いでそれをつき返したのか?両者の思いを想像にしながら見ると面白い。
本作はこのような繊細な演出が延々と続く。
かつて映画がまだ音を持たなかった時代、サイレント時代では映像だけで語る事が普通だった。字幕や活弁士の解説はあったが、基本的には映像から物語を読み取るのが無声映画の見方である。今回、小林監督は敢えてそれに挑戦しているような気がした。これは商業的な目的を持った映画では到底不可能な冒険だろう。インディペンデントならではの大胆な所業という気がする。
そして、実際にこの特異なスタイルによって、作品は奥深さを持ち、観客を惹きつける求心力を持つに到っていることも確かである。そういう意味では、今回の小林監督の狙いは見事に成功していると思った。
ただ、結末については少し違和感を持ってしまった。この物語は贖罪がテーマだ。終盤にかけて二人の間にささやかな恋愛感情が芽吹くのだが、これについてはやりすぎだろう。果たしてこのテーマを描く上で、そこまで踏み込んだ物語にする必要があったのかどうか‥?そもそもこの物語は、事件発生の1年後から始まり、その間に二人はどんな生活を送り、夫々に相手をどう思っていたのか明示されていない。被害者と加害者の間で当然湧き起こるであろう憎しみの感情が、たった1年程度で恋愛感情にまで変わるだろうか?仮にあったとしても、そこに説得力をもたらすためには、それ相当のドラマが語られていないければ、所詮は絵に描いた餅に過ぎない。釈然としない思いでエンディングテーマを聴いた。