ドルマン13年ぶりの新作は、めくるめく迷宮世界で綴る人生讃歌映画。
「ミスター・ノーバディ」(2009仏独ベルギーカナダ)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルSF
(あらすじ) 西暦2092年、人類は科学の進歩で不死の身体を手に入れていた。118歳の老人ニモが、今正に人類で最後の死を迎えようとしていた。彼は死の床で数奇な人生を反芻する。------ニモは9歳の時に3人の少女アンナ、エリーヌ、ジーンと出会った。夫々に魅力的な女の子でニモは誰と付き合うか選べなかった。そんなある日、両親が離婚することになる。原因は母の不倫だった。実は、不倫相手はアンナの父親だった。ショックを受けるニモ‥。彼は父と母、どちらにつていくかで迷う。
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(レビュー) 今際の老人の様々な過去がシュールでポップな映像で綴られるSFヒューマン・ドラマ。
監督・脚本は
「トト・ザ・ヒーロー」(1991ベルギー仏独)、「八日目」(1996ベルギー仏)で独特の映像美を世界に見せ付けた奇才J・V・ドルマン。今作は彼の13年ぶり、3作目の作品となる。彼のファンタジックな語り口はこれまで以上に浩々と画面内に繰り広げられ、事実とも幻想とも判別不可な摩訶不思議なドラマが展開されている。
物語は、ニモが記者に話して聞かせる回想形式で進行する。しかし、単純に時系列に進行するわけではない。このあたりは「トト・ザ・ヒーロー」の回想と同じで、複雑に入り組んだ構成となっている。また、過去の回想はかなり波乱に満ちており、中には明らかに彼の妄想と思しき作り話や、彼が若い頃に執筆したSF小説のドラマが混入されている。ドラマが行ったり来たりするので、注意して見ておかないと若干混乱するかもしれない。ただ、バラバラなパズルのピースを組み合わせていくのと同じように、この入り乱れたドラマは彼の人生の断片を表すものであり、一つ一つを丁寧に見ていけば理路整然と繋がっていくだろう。ちょうどミステリ小説を読んでいるような、そんな面白さが感じられる。
テーマは簡単に言ってしまえば、脱運命論ということになろうか。個々の自由意志による選択の重要性。それを説いているような気がした。
未来の人類は死ぬ事がない。死のない世界は一見するとユートピアのように思えるかもしれない。しかし、実際にはどうだろう‥。人は“死”という制約がない中で、果たして一生懸命生きようとするだろうか?ただ漫然と日常を送るだけで、生きがいというものを失ってしまうのではないか、死のない世界は実は死んでいることと何ら変わらないのではないか‥そんな風に思う。
この映画には<選択>というキーワードが登場してくる。未来の人類は<選択>することをしないで、ただ運命に身を任せて生きているだけである。これは正に運命論的な生き方という事が出来よう。それに対して、ニモはこれまでの人生を振り返って、常に<選択>の人生だったことを記者に告白している。
例えば、ニモの回想ドラマのスタートは彼の誕生前から始まる。彼はどのカップルの子供になるかで悩み、一番良い匂いがする母親の子供として生まれる事を<選択>した。次の<選択>は9歳の時に出会った3人の少女との初恋である。彼はここでどの子と付き合うかを<選択>する。そして両親の離婚問題にまつわる<選択>。ここでは彼は父と母のどちらについていくかを<選択>する。
このように彼は常に人生の岐路に立たされながら、自分の意志でその都度<選択>をしてきた。誰からも強制されず、運を天に任せることもせず、彼は夫々の岐路で苦悩し<選択>をしていくのである。これが本当の意味での“生きる”ということなのだと思う。
尚、ここで言う<選択>とは確率論的な算出のもとではじき出された意思決定を指しているのではない。それならば未来人にも<選択>することはできるだろう。しかし、物事は全てを物差しで計れるものではない。時には、まったく想像とは正反対の結果が待ち受けていることもある。だからこそ、そこに個々の自由意志が働き、先の人生がどう転がっていくのか分からない楽しみがあるのだと思う。
この回想ドラマはニモの<選択>によって、様々に分岐しながら展開されていく。
3人のヒロインとの初恋で3つにルートに分かれ、両親の離婚で更に2つのルートに分かれる。彼の回想を聞いていた記者は、一体どれが本当の人生なのか分からなくなっていく。観客も正に彼と同様に、ニモの話に翻弄され、もしかしたら全て彼の妄言なのではないか‥とすら疑ってしまうだろう。しかし、それこそがこの映画が訴えるテーマ〝脱運命”というところに結びつく。人生の可能性、生きることの意義をニモの回想の中に見る事が出来る。
尚、映画は終盤で意外なオチが待ち受けているが、これも予想外で中々面白かった。
ただ、あちこちに飛ぶこの構成は賛否出てくるような気がする。個々のエピソードが散文的になってしまうため、一つの作品としてみた場合ドラマの求心力に欠けるのは事実である。それなりに夫々にドラマチックな展開が用意されているが、今ひとつ感動するまでに至らないのは、この特殊な構成のせいだと思う。また、この手の回想ドラマには付き物の反復シーンも結構多いので、このあたりを上手く編集すればもう少しコンパクトにまとめる事が出来たのではないかと思った。上映時間が長すぎるという印象を持った。
映像はドルマンらしい独特の感性が随所に見られて◎。パステルな色彩設計、日常に非日常を織り込むセンスは、いかにもドルマンらしい。机の上のタイプライターと広大な宇宙空間を結びつけるアイディアも、映画作家ならではの空想的“遊び心”が感じられて良かった。また、モノクロで描かれた劇中劇は朴訥とした味わいがありクスリとさせる。総じて映像に関しては濃密で文句のつけようがない。おそらく何度見ても画面の中に新しい発見が出来そうである。