卓越した映像センスに酔いしれる。
「倫敦(ロンドン)から来た男」(2007ハンガリー独仏)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) 鉄道会社で夜勤をしているマロワンは、仕事中に殺人事件を目撃する。殺された男は海に落とされ、マロワンは現場から大量の札が入ったスーツケースを拾った。彼はそれを隠していつもの日常生活に戻る。翌日、彼の近辺に殺した男が現れる。
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(レビュー) 生きる希望もなく漫然と暮らす孤独な中年男が、たまたま目撃してしまった殺人事件によって運命を狂わさていくサスペンス作品。
監督はハンガリーの鬼才タル・ベーラ。
映画の冒頭から10分以上の長回しが登場する。マロワンが勤務する港湾で殺人事件が起こる場面を流麗なクレーン撮影でリアルタイムで切り取っていくのだが、これには圧倒されてしまった。スポットライトが殺人の凶行をどす黒い闇にうっすらと浮かび上がらせていく。白と黒のせめぎあい、光と影のコントラストが織りなす映像は、何となくドイツ表現主義的な独特のトーンをも連想させる。
そして、この冒頭の光と闇は日中のシーンでは反転する。マロワンが夜勤の仕事を終えて帰宅すると、今度は眩いばかりの白が画面を席巻する。白眉は彼が自宅のベッドに入るまでを捉えた1シーン1カットだろう。露出を解放することで、窓から差し込む陽光が寝室を真っ白な世界に変えてしまう。幻想的といっても言い。映画は光と影によって作り出される産物である。そのことをタル・ベーラは知り尽くしているのだろう。こうした研ぎ澄まされた数々の映像は本作の最大の魅力と言っていいだろう。
今作は基本的に1シーン1カットで構成されている。必然的に決め打ちのショットが続き、それら一つ一つが強固に安定したフレーミングによって切り取られている。
その一方で、俳優の表情を克明に捉えたクローズアップも度々登場してくる。例えば、マロワンの妻を演じたT・スゥイントの唇を震わすほどの熱演、ブラウン婦人のあふれ出す涙等。カメラは彼女たちの主観に寄り添いながら、その感情を丁寧に掬い上げている。これも見応えがあった。
全体的に映像についてはほとんど文句なくパーフェクトである。
一方、物語はと言うとこちらはヴァイブレーションに乏しくやや中途半端という気がした。訓話という捉え方が出来れば皮肉が利いていてそれなりに面白く見れるが、そうでなければ事件のからくり自体はそう大して複雑ではないので退屈してしまう。サスペンス要素を求めてしまうと肩透かしを食らうだろう。
いずれにせよ、映像だけでもかなり見応えのある作品であることは間違いない。