寺山修司の遺作。100年たてばその意味が分かる‥というメッセージを残して孤高の芸術家は逝った。
「さらば箱舟」(1982日)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルファンタジー
(あらすじ) 南国のとある小村。旧家の長男大作は、村中の時計を盗んで海岸に埋めた。数年後、大作は村の権力者となった。一方、村外れには捨吉とスエという夫婦が住んでいた。二人はいとこ同士で、スエの父はこの結婚に反対だった。スエは父に貞操帯をつけられ、そのせいで未だに夫婦の関係を持てないでいた。そして、男になれない捨吉はを村中からバカにされた。ある日、村が祭りで賑わう中、捨吉は自分を罵倒した大作を逆上して刺し殺してしまう。村にいられなくなった彼はスエを連れて放浪の旅に出るのだが‥。
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(レビュー) 架空の小村で起こる様々な怪現象を幻想的に綴った寺山修司の遺作。原作はガルシア=マルケスの「百年の孤独」だが、原作サイドからクレームがつき公開が延期されたという曰くつきの作品である。舞台設定が異なる上、シュールな寺山ワールドが原作の世界をまるで別物のように見せているという理由からクレームがついたのであろう。良くも悪くも、それだけ寺山修司の作家性が横溢したという証しである。
物語は余り判然としない。禁忌を犯した捨吉とスエが辿る悲劇を、生と死が交錯する世界に描いた幻想奇譚‥というような不思議なドラマになっている。例えば、道端に死の世界に通じる穴が突如現れたり、殺されたはずの大作が生まれ変わって第二の大作として登場したり、理解の範疇を超える事象が余りにも多い。したがって、ドラマの筋を追いかけても余り面白くはない。しかも、捨吉とスエのドラマは後半で一旦終了し、その後は別のドラマ、異文明の流入によって村が滅んでいく‥というドラマに移行していく。元々の原作もそうらしいが、とにかく難解で随分と取っ付きにくい印象を受けた。
とはいえ、寺山作品の魅力は映像にこそ見るべきものがある。こちらは大いに見応えがあった。
名カメラマン鈴木達夫の撮影が素晴らしい。神秘を宿した森や海の情景は、この世のものとは思えぬ美しさを醸し心奪われる。沖縄に代々伝わるキジムナーだろうか?神出鬼没な少女に翻弄される青年たちの姿は、浮遊感を漂わせた独特の色彩で捉えられ実にエロティックだった。
一方で、捨吉とスエの家は後半からグロテクスに変容し毒々しい映像が見られる。捨吉は大作を殺した罪に苦しみながら徐々に精神を崩壊させていくのだが、それにリンクするかのように禍々しい装飾が施されていくようになる。絡みつく木の枝は血管のようになり、柱が男性器のように変化する。まるで家全体が生物のようだ。
得体の知れぬパワーが空間を制圧する祈祷のシーンも印象に残った。序盤と後半、2度に渡って登場するのだが、舞台演出家・寺山のラジカルな感性に度肝を抜かされた。
尚、寺山作品ではお馴染みの旅一座や壁掛け時計、本人の分身であろう白塗り・学ラン姿の少年といったガジェットが、本作には次々と登場してくる。彼の他の作品を見ていれば、これらの意味するところは色々想像できよう。
おそらく、撮影の段階でこれが遺作になることを本人も自覚していたのであろう。集大成的な作品にしようという意気込みが、これらの奇抜なガジェットから伺える。
キャストではスエを演じた小川真由美の熱演が印象に残った。女として生きることを父に剥奪された不幸を悲痛に演じている。その慟哭、叫びは真に迫るものがあった。