今あえて正統派サスペンスを作ってきたポランスキーの手練に唸らされる。
「ゴーストライター」(2010仏独英)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) 元イギリス首相ラングの自叙伝を執筆していたゴーストライターが死体で発見された。急遽代役に抜擢されたのがゴーストライターを生業とする作家〝ゴースト”だった。早速ラングの邸宅に招かれ執筆に取り掛かるが、ラングを取り巻く環境は急変する。当時の外相が、ラングがテロリストの疑いのある英国民をCIAに引渡して拷問で死なせたということを暴露したのだ。これによってラングは世間から批判され一時アメリカに身を隠すことになる。その後、ゴーストは死んだ前任者の遺留品から、この事件に繋がるある秘密を見つける。
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(レビュー) 政治的陰謀に巻き込まれていくゴーストライターの非情な運命を渋いトーンで描いたサスペンス映画。
監督は名匠R・ポランスキー。スリリングさを前面に出しながらエンタテインメントに寄せた作りになっているが、一つ一つのシーンは端正に作られており、したたかにして実に完成度の高い作品に仕上がっている。どんよりとした曇り空と乾いた風景を全編に散りばめながら、作品は独特のトーンで占められている。まるでこの映画の世界そのものがゴーストが迷い込んだ魑魅魍魎がうごめく死の世界のようにも見えてくる。こういう雰囲気のある作品は最近は中々ないと思う。それをサラリとやってのけたポランスキーの手練には唸らされる。
ただ、基本的にゴーストの目線で描かれるドラマなので、政治で何が起こっているのか?事件の背景に何が隠されているのか?こうしたミステリに対する答えは中々提示されない。そのせいで若干展開にもたつく印象を受けた。こういう作りは、この手の巻き込まれ型サスペンスでは常道だが、それによって観客に不親切な映画になっていることも確かで、この〝説明しすぎない”語り口は劇中のゴースト同様、観客も翻弄され続けるだろう。何故、ラングが糾弾されるのか?そこについてはモデルとなる事件があり、グアンタナモ刑務所についての問題は一応知った上で見たほうが映画を理解しやすいだろう。
また、サスペンス映画としてはオーソドックスなスタイルを崩さない分、どうしても地味な印象は拭えない。設定や構成に凝った今の映画に見慣れてしまうと物足りなく感じてしまう。
特に、中盤がダレるのが残念だった。ゴーストが事件のキーマンを探り当てるドラマのポイントとなる部分なのだが、演出にインパクトが欠けるため余り緊迫感が感じられなかった。
もっとも、このオーソドックスなスタイルは明らかにポランスキーの作家としての意地なのだろう。ここまで整然と構成されるとやはり作品としての完成度は認めざるを得ない。
また、何と言ってもクライマックスの演出が白眉だと思う。まるでヒッチコックのようなテクニカルなタッチに震えがきた。最後の幕引きも実に見事で、果たして本当のゴーストは誰だったのか?見終わった後に色々と考えさせられた。ここまで余韻を引かせる幕引きも中々なかろう。
また、所々に配されたユーモアも味があって良かった。特に、ゴーストが話すシニカル・ジョークはイギリス人気質がよく表れていてクスリとさせられる。これをE・マクレガーが肩の力を抜いた演技で上手く表現している。このくらいの抑制のきいた演技だと、一歩引いて自然と感情移入もできる。ちなみに、彼のラストには切なくさせられた。