妄想青年の恋愛ドラマ。映像がユニーク!
「恋愛睡眠のすすめ」(2006仏)
ジャンルロマンス・ジャンルファンタジー・ジャンルコメディ
(あらすじ) カレンダーのイラストを描いている純情青年ステファンは一緒に暮らしていた父が死に、母が住むパリのアパートへ引っ越してきた。そこで新しい広告会社に勤める。しかし、自分が想像していた仕事と違う仕事をさせられ、ストレスが積み重なり元々の妄想癖をどんどん悪化させていった。そんなある日、隣にステファニーという女性が引っ越してくる。ステファンは彼女に一目惚れするのだが‥。
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(レビュー) 妄想癖のある純情青年の初恋を幻想的なタッチで描いたロマコメ作品。
監督・脚本は数々の有名アーティストのミュージック・クリップを撮り、「マルコヴィッチの穴」(1999米)の脚本家C・カウフマンに見初められて映画界入りを果たしたM・ゴンドリー。カウフマンがシナリオを書いた「ヒューマンネイチュア」(2001仏米}や「エターナル・サンシャイン」(2004米)で独特の映像世界を見せてくれた気鋭の作家であるが、今回は彼が初めて自ら脚本を書いた作品となる。映像センスについては誰もが認める所であろうが、果たしてシナリオ・センスの方はどうだろうか?そこを今回の見所にした。
一言で言ってしまうと、ゴンドリーの映像先行的なスタイルがドラマにもよく反映されていると思った。カウフマンの世界観に近い現実と幻想が入り混じった不思議なテイストで進行するが、これまでの作品以上に映像の先鋭化がはかられている。脚本を兼務することで自分の考えたギミックをふんだんに詰め込むことが出来たのだろう。
その証拠に随所に登場するステファンの妄想世界はシュールでポップでかなり面白い。しかも、全てがアナクロニズムに溢れる遊び心が感じられる。たとえば段ボールで作られた街並み、自動車、ビデオカメラ等は、この世界をまるでおもちゃの世界のように見せている。これらは取りも直さずステファンの幼児性を表現した確信犯的仕掛けだが、こうしたギミックが今回のシナリオには巧みに組み込まれている。
また、デジタル全盛の時代に、敢えてコマ撮りや逆回転の撮影トリックを取り入れたのも面白い試みに思えた。いずれもほのぼのとした味わいが感じられた。
全体的にゴンドリーが作り出す摩訶不思議な映像世界は大いに楽しめた。
一方、ドラマのエッセンスは典型的なボーイ・ミーツ・ガール物になっている。ステファンはステファニーと良い線までいくが、肝心な所であと一歩を踏み出すことが出来ない。そして、妄想の世界に引きこもってしまう。面白いのはそのフラストレーションが溜まれば溜まるほど、彼が見る妄想世界がどんどん荒唐無稽なものになっていくことだ。恋は病‥とはよく言ったもので、まさに彼は恋の病を風邪のようにこじらせていく。いつまでもウジウジしているので決して共感を得られるタイプの主人公ではないが、妄想型人間の〝癖”というものが上手く表現されている。
ラストはおそらく賛否あろう。観客に対して冷たく突き放すような終わり方じゃないか‥と言われれば確かにそうなのだが、ここまで描けば大体は想像できると思う。ステファンの生活は元々は父と暮らしたメキシコにあったわけで、そこに愛着があったことも明白である。彼にとってパリの暮らし、もっと言えばステファニーとの恋愛は夢の中の出来事のようなものだったに違いない。そうであるならこのラストショットは明確に答えを出している。現実は妄想のように上手くいかない‥。そんな教訓が読み取れるラストではないだろうか。
欲を言えば、相手のステファニーの感情描写が薄みだったことか。どうしても男の子目線の映画ということで、ややステロタイプなヒロインになってしまっている。彼女にも複雑なキャラクターを織り込むことで、このあたりの物足りなさは解消できただろう。
他にもシナリオ上の不満点は幾つかある。
まず、サブキャラの役回りが中途半端になってしまったのが残念だった。ステファンが勤める会社の同僚たちは夫々に個性的に造形されているが、彼らがステファニーとの恋愛に何か影響を及ぼすわけではない。余り存在価値が見いだせず、勿体ない料理のされ方になってしまっている。
勿体ないと言えば、ステファンと母親の関係を疎かにしてしまったのも手落ちと言わざるを得ないだろう。ここにこそ彼が現実を直視できない妄想型人間になってしまった、そもそもの原因があるような気がする。ステファンの人となりを詳細にする上では必要不可欠な部分だったのではないだろうか。
全体的にシナリオについては、キャラクターの相関が上手く図られていないという印象を受けた。映像を見せるためのシナリオに特化してしまったことによる弊害だろう。映像派作家としてのジレンマが見えてくる。
ステファン役はG・ガルシア・ベルナル。ナイーブで少し病的な青年を上手く演じている。
ステファニー役はS・ゲンズブール。ここまで激ヤセしてしまうと何だか女性としての魅力が余り感じられない。スリムを美徳とする風潮は結構だが、やはり女性らしいプロポーションというものはあるだろう。
「アンチクライスト」(2009デンマーク独仏スウェーデン伊ポーランド)のようなホラー演技なら迫力や痛々しさが増してそれでも良いと思うが、今回のようなロマコメではマイナスポイントになりかねない。