未公開のエクソシストものだがラストが切ない‥。
「レクイエム~ミカエラの肖像」(2005独)
ジャンルサスペンス・ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 小さな田舎町に住む少女ミカエラはてんかんの持病があり、長らく病気療養を余儀なくされていた。しかし、このたび大学に進学することになり、親元を離れて 寄宿舎に入居する。幼馴染ハンナと同室になり、ボーイフレンドも出来て、青春を謳歌するミカエラ。ところが、ある日突然病気が再発する。精神治療を受けて も一向に回復の兆候が見られない。ついに、ミカエラは藁にもすがる思いで牧師に相談する。
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(レビュー) ドイツで実際にあった悪魔憑きの少女の話を描いたサスペンス・ホラー・ドラマ。
以前、このブログで紹介した
「エミリー・ローズ」(2005米)は、この映画の元になった実話をモデルにして作られた作品である。ミカエラの顛末がどうなるかは「エミリー・ローズ」を見て知っていたので、この結末にはさして驚きはしなかった。しかし、それが分かっていても、やはり彼女が辿る悲劇的な運命は胸に響いてくる。
尚、本作にはオカルティックな要素が多分に入っているが、それらは映画を構成するテリングに過ぎない。基本的にはシリアスな人間ドラマであり、見世物小屋的なハッタリは限られた範囲でしか登場してこない。そのためジャンル映画として見てしまうと実に地味な作品と言わざるを得ない。
逆に、そういったフィルターを取り外して見れば、実に興味深く見れる作品である。悲しい運命を背負った少女の葛藤が痛々しく描かれている。
映画はミカエラが何故宗教に頼らなければならなかったのか?そこをじっくりと描いている。ただし、劇中でその答えは明言されていない。そこは見る側が想像するように作られている。ちなみに、自分は次のように解釈した。
ミカエラは孤独の殻に閉じこもって生きている。そうさせた一番の原因は彼女の母親にあるような気がした。劇中では母親のミカエラに対する強圧的な態度が何度か登場してくる。そこから、彼女は幼い頃からミカエラを厳格に育ててきたのだろうな‥というのがよく分かる。そして、こうした母との関係によってミカエラは内向きな少女になってしまったのではないか‥。そんな風に想像できた。
例えば、ミカエラは母親から貰ったロザリオに触れる事が出来ない。深層心理に母親への畏怖、拒絶、憎悪が存在するからであり、これは何も今に始まったことではなく遠い昔から蓄積された母に対するネガティブな感情があるからであろう。このあたりは「キャリー」(1976米)の母娘関係に少し似ていて、児童虐待的な問題も見えてくる。
このように、この母子関係を踏まえた上でこのドラマを見ていくと、ミカエラが牧師にすがった理由というのも自ずと読み解ける。
おそらく、ミカエラはロザリオに母親を見ていたのだろう。つまり、彼女にとって母親と神は同義だったのだと思う。ロザリオに触れられないと言って牧師に助けを求めたのは、神(=母親)への救いの表れであり、拒絶し拒絶されてきた母親との関係を修復したいという願い、言い換えれば母性求愛の代償行為のように映った。
現にラストで何となくわかって来るのだがが、ミカエラは自我を顕示できない無垢なる存在に自分を見せかける事によって、母親の愛を受けようとしていたような節がある。何故彼女は悪魔憑きを演じてまで宗教に助けを求めたのか?それは母親との関係を清算し、新たに良好な関係を築きたかったからではないかと想像できる。
そう考えると、ミカエラの切ない思いには実に憐憫の情を禁じ得ない。見終わった後には何とも悲しい気持ちになった。
悪魔憑きの映画と言っても本作はホラーではない。あくまで孤独な少女の内面に迫った重厚な人間ドラマである。彼女の悲しみ、葛藤を噛みしめることが出来れば、中々の佳作と言う事が出来よう。