戦争の悲劇を母性愛で切り込んだ意欲作。
「サラエボの花」(2006ボスニアオーストリアヘルツェゴビナ独クロアチア)
ジャンル人間ドラマ・ジャンル社会派
(あらすじ) ボスニア紛争から10余年。シングルマザー、エスマは思春期の娘サラと暮らしていた。サラは幼い頃から父親がシャヒード(殉教者)だったと教えられていたが、最近それが嘘なのではないかと思うようになっていた。というのも、修学旅行の費用を工面するのに、エスマがホステスの仕事を始めたからだ。父親がシャヒードなら費用は免除してもらえるはずなのに‥。そんなサラの不信をよそに、エスマはベルダという店の用心棒とかすかな交流を芽生えさせれていく。それを見たサラは反抗し‥。
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(レビュー) シングルマザーの深い愛を戦争の歴史を交えて描いた人間ドラマ。
ボスニア紛争を描いた映画は幾つか見たことがあるが、母性というテーマでこの戦争に切り込んだ作品を自分は今までに見たことがなかった。それだけに本作は新鮮に見れた。
また、今作は戦争の悲惨さを訴えた作品であるが、戦場の直接的な表現は一切登場してこない。これも評価できる。悲惨な戦場を描けばとりあえず反戦メッセ―ジにはなるが、今作は敢えてそれを封印、戦後の一般市民の生活に目を向けている。例えば、エスマのような女性が数多くいるという厳然とした事実、戦争後遺症で保護給付金を受け取る者、職に就けない者、戦時の敵同士が共生するという異常な現象、こういった市井の日常を通して戦争の悲惨さ、残酷さを訴えているのだ。かなりジャーナリスティックな視点を持った作品と言うことができよう。
物語は、エスマとサラの愛憎ドラマを軸として進行していく。更に、途中からエスマとベルダの恋愛ドラマが加わり、この二つが絶妙に絡み合いながら盛り上げられている。
また、エスマのアイデンティティーの混迷というのも大きな見所となっている。この手のシングルマザーのドラマではよく目にする葛藤だが、丁寧になぞられており見終わった後にはズシリとした余韻が残った。中々の重厚感だ。
今作の白眉は何と言っても、クライマックスのエスマとサラの衝突のシーンである。二人の熱演もさることながら、ドラマのボルテージの高め方の上手さもあって実にエキサイティングだった。また、その後に続く集団セラピーでのエスマの表情も忘れ難い。静かではあるが、しっかりと戦争の悲劇が語られている。
他にも本作には幾つか印象に残るシーンがあった。
サラと喧嘩相手の男子生徒の交流には何とも言えぬ寂寥感が漂う。共に父親が同じ運命を辿ったということから始まる友情で、彼らの関係変遷にはしみじみとさせられた。
また、一瞬だけ映るベルダの私生活も魅力的だった。彼は認知症の母親と同居しており、その時に見せる表情がベルダという人間を愛すべきキャラに仕立てている。彼は用心棒という職業柄、普段は厳つい表情を貫いている。それがこの時だけは柔和な表情に変化するのだ。サラのためにシングルマザーを貫き通してきたエスマが惚れる男である。それに見合うだけの人間的魅力がこの表情から感じられた。
難は、終盤にかけての展開だろうか。このラストをもってエスマとサラの関係が修復されたのだとするなら、それはさすがに強引であろう。そこに至るまでにもう1アクション、二人の関係修復をそれとなく分からせるシーンが欲しい所である。
また、修学旅行の費用を結局こういう形でクリアされてしまうと、それまでのエスマの奔走は一体なんだったのか?ということになりかねない。エスマとサラの確執の根本に絡む問題である。それをこうもアッサリ解決されてしまっては何だか味気ない。
今作はテーマもドラマも力強く発せられているが、終盤にかけての詰めの甘さが惜しまれる。そこを除けばしみじみとした感動を味わえる中々の佳編である。