この結末に何を思うか?戦争に翻弄された女性の数奇な運命をミステリアスに綴った骨太な作品。
「灼熱の魂」(2010カナダ仏)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルサスペンス・ジャンル戦争
(あらすじ) カナダ在住の双子の姉弟ジャンヌとシモンは、亡くなった母ナワルの遺言を公証人から受け取る。そこには父と兄を探してそれぞれに手紙を渡してほしいと書かれていた。父は中東の内戦で戦死した。兄など存在しない。では、何故母はそんな遺言を残したのだろうか?生前、母と余り仲が良くなかったシモンは呆れ果てて言葉も出なかった。一方、ジャンヌはどうしても母の意志を無視できず彼女の生まれ故郷へ向かう。すると、そこで意外な真実が分かってくる。
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(レビュー) 亡き母の意志を受け継いだ子供たちが、母の知られざる過去を探っていく衝撃のヒューマン・ミステリー。
非情な戦争によって狂わされていく人々の姿を描いた映画は数多くあるが、今作ほど登場人物たちの数奇な運命を残酷に綴った作品もそうないだろう。大抵の場合は主人公たちを取り巻く過酷な状況にスポットライトを当てて反戦メッセージを訴えて終わり‥となるのだが、今作は人間ドラマを前面に出すことで戦争そのものの残酷さはもちろんのこと、人間の残酷さそのものを訴えかけている。見終わった後にはやりきれない思いにさせられた。
物語はジャンヌの出自を探る現在パートを軸にしながら、母ナワルの半生が回想形式で綴られていく。スッキリとした構成で大変見やすい。
そこで語られるナワルの半生は凄まじいとしか言いようがない。軽快に展開していくため少し浮き足立つ場面もあるのだが、彼女に襲いかかる悲劇の数々は実に痛ましいものばかりで暗澹たる思いにさせられた。特にバスのシーンは最も印象に残った。ここは彼女がその後の人生観を変える転換点とも言えるシーンであり、ドラマ的にもサスペンス的にも大変見応えがあった。
後半を過ぎた所でナワルの過去は一応全て露わになる。ここから映画はクライマックスにかけて現在パートを中心に展開されていく。こちらもかなり衝撃的だった。冷静に見るとかなりご都合主義な展開と言わざるを得ないのだが、全体の作りがリアリティに拠っているため妙に納得させられてしまう。正にギリシャ悲劇のごとき因縁めいた血縁のドラマになっている。ジャンヌとシモンは、ナワルが残した重石を背負いながら今後どんな人生を歩んでいくのだろうか。それを考えると胸を痛めてしまう。
と同時に、この結末をナワルの視点に立って見るならば、偉大な母性愛も感じられた。全ては戦争という狂気がもたらした悲劇であり、彼女はその渦中で40年もの間、もがき苦しまなければならない運命にあった。その間に、彼女は想像を絶するほどの地獄を味わったに違いない。しかし、彼女はそれに耐えたのである。実に強い母親だと思った。
本作には原作戯曲がある。原作者はレバノン出身のカナダ人ということで、今回の物語に自身の故郷の内戦が反映していることは間違いないだろう。それだけに強い思いも伝わってきた。戦争の絶えない世界に救いの希望を見出すべく、憎しみの連鎖を少しでも広げないように過去の誤った歴史を後世に伝えようとする努力。それが感じられた。
そしてもう一つ、今作からは極めて普遍的なメッセージも感じられた。それは殺戮の世界を灯すのは新たな生命の歓びである‥というメッセージである。未来の希望と可能性を秘めた子供たち。彼らを育てるのは親の愛である。ナワルの母性にはそれが込められているような気がした。大変重苦しいドラマであるが、最後にほんの少しだけこのメッセージが感じられた所に救われた。
監督はD・ヴィルヌーヴ。随分前に彼の「渦」(2000カナダ)という作品を見たことがある。実に奇妙なテイストを持った寓話色の濃い作品だった。時制をトリッキーに交錯させながら運命の残酷さをミステリアスに綴ったサスペンス作品で、本作に共通する物も見られる。ただ、その時に見られた特異なビジュアル・センスは今回はほとんど登場せず実にオーソドックスな作りになっている。個人的には「渦」のような尖ったセンスも好きなのだが、今回はリアリティに拠った演出で統制されており初期作品で見られたような作家性は封印されている。
尚、シナリオ上、幾つか性急に写る個所があり違和感を覚えるシーンがあったのは惜しまれる。シモンと現地の弁護士の動向を描く後半から、作りの粗が目立ってしまった。このあたりの作りは若干惜しい気がした。