「灼熱の魂」のD・ヴェルヌーブ監督の日本未公開作品。
「Polytechnique」(2009カナダ)
ジャンル社会派・ジャンルサスペンス
(あらすじ) モントリオールの理工科大学に通う男子学生が、銃を持って構内に乗り込んできた。彼はフェミニストに対する怒りから女性ばかりを狙って発砲した。就職の面接模擬試験を受けていた女子学生ヴァルもその騒動に呑み込まれてしまう。一方、彼女と同じクラスのジェフは、負傷者を介抱しながら犯人の凶行を止めようとしていくのだが‥。
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(レビュー) カナダで実際に起こった銃乱射事件を元に作られた社会派サスペンス映画。
「灼熱の太陽」(2010カナダ仏)のD・ヴィルヌーヴ監督がその前に撮った日本未公開作品である。
コピー機の前に立っていた女性がいきなり撃たれるというショッキングな幕開けからして、この映画はただものではないという感じがした。
その後、時間が事件当日の朝に遡り、犯人の視点でドラマが展開されていく。犯人の心情をトレースしながらドキュメンタリータッチで語る作劇は、コロンバイン高校銃乱射事件をモチーフにしたG・V・サント監督の「エレファント」(2003米)を彷彿とさせる。後から製作された分、どうしても本作の衝撃度は弱まってしまうが、ヴィルヌーヴ監督なりのアプローチが見られたところは面白い。
本作は犯人の視点以外に二人の被害者視点でも物語が綴られていく。一人は就職を目前に控えた女子学生ヴァル。もう一人は彼女に淡い恋心を抱くジェフ。映画は中盤からこの二人の視点で事件が描かれていくのだ。
ここで注目すべきはヴァルのドラマである。今回の犯人はフェミニストに対する憎悪から女性ばかりを狙って銃を発砲した。当然彼女もその被害にあうのだが、運よく一命を取り留める。そして、映画終盤では事件後の彼女のドラマが描かれていく。そこから一つの重要なテーマが見えてくる。それは強き母性というテーマである。
この終盤はヴァルがフェミニストを憎む犯人に屈しなかったことの表明と捉えられる。そして、序盤の模擬面接のシーン。「結婚してもあなたは子供を持ちたいですか?」という審査官のセクハラめいた問いに対する答えにもなっている。
女性は子供を生めば退職してしまう。だから社会進出など無理だ‥という一方的な偏見は今の世の中にはまだまだ根強い。このラストからは、それに対する提言が読み取れた。
ここが同じような事件を描きながら、病んだ犯人像に迫った青春映画「エレファント」と似て非なる所である。今作のテーマはあくまで女性の社会進出、母性である。そして、当時のカナダの社会的実情を告発しているという点で、非常に問題意識の高い作品にも思えた。
一方、ジェフのドラマだが、こちらはヴァルと正反対に事件のトラウマを克服できなかった者のドラマである。その顛末は改めてこの事件の悲劇性を衝撃的に物語っている。事件を軽んじない製作サイドの意志が感じられた。
演出は基本的にドキュメンタリー・タッチに拠ったスタイルが取られている。淡々とした中にも緻密な映像演出に見応えが感じられた。例えば、ラストショットの逆さまの映像は、犯人のパラノイチックな心理を表したものだろう。こうした特異な映像もヴィルヌーブ監督の一つの特徴で、「渦」(2000カナダ)でも見られたものだった。
また、犯人の心情にすり寄った前半の演出は、ひたすらミニマムに徹しているのだが、色々な想像を掻き立てられるという意味では中々鋭い表現をしていると思った。
例えば、構内に乗り込む直前、彼は車中で母親宛に遺書を書き残す。書き終えると急に怖気づいたのか、車のエンジンをかけようとする。ところが、寒さでエンジンが中々かからない。ふと外を見ると楽しげに会話する学生たちの姿が目に飛び込んでくる。ここで彼は自分の孤独、惨めさを思い知り、意を決して銃を持って車を降りるのだ。この一連の行動を見る限り、彼は事件を起こす直前まで迷っていたことがよく分かる。彼の臆病さ、幼稚さも想像できる。このあたりのリアリズム溢れる演出には唸らされてしまう。この犯人がいかに卑小な男であったのかがよく分かる演出だと思った。