孤独な老人と孫のロードムービー。
「春との旅」(2009日)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 北海道の漁村。足の不自由な元漁師・忠男は孫娘・春と暮らしていたが、春が東京に出ることになったため一人になる。心配する春を安心させるために忠男は兄弟と暮らすことにした。ところが、最初に訪ねた兄は、長年険悪だったこともありすぐに追い返されてしまう。次に弟のアパートを訪ねた。すると見知らぬ女性が出てきて、弟は刑務所に入っていると言われる。次に旅館を経営する姉を訪ねた。彼女は春をいたく気に入り跡継ぎにしたいと言い出す。
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(レビュー) 孤独な老人と孫娘の情愛をしみじみと綴ったロード・ムービー。
監督は
「海賊版=BOOTING FILM」(1999日)、
「愛の予感」(2007日)の小林政広。今回は自らの原作を映画化した作品である。
氏の作品を全て見ているわけではないが、基本的には淡々とした作風を持ち味とするインディペンデント系の作家だと思う。繊細な演出を計算高く積み重ねながら見る側に考えさせるような作風を信条とし、どちらかというと派手さはない。こうした特徴を考えると、今作の演出はいさかか作為が過ぎると感じた。原因はキャストのような気がする。
監督自身が主演した「愛の予感」(2007日)は、演技ではなく素の姿をそのまま写した正にドキュメンタリーのような作りだった。劇映画としては少し歪な印象を受けたが、それが奇妙な緊張感を生み普通の映画には無いスリリングさが感じられた。それが今回は芸達者なベテラン俳優陣が揃ったことで、元々の小林作品のカラーである淡々とした作風に良くも悪くもフィクショナルな味付けが施されている。画面が全体的に華やかになってしまった。
例えば、忠男と春の歩き方。これ一つとってもかなり作為的だ。忠男は片足が不自由な歩き方、春はガニ股で歩く。ロードムービーという事で、ほぼ全編に渡って二人の歩く姿が映し出されるのだが、この特徴的な歩き方が少し鼻につく。
また、BGMの使用も過剰である。例えば、クライマックスの春の慟哭。淡々と描けばそれなりに重く突き刺さるものとなっただろうが、ウェット感を更に誘うようなBGMが被さり少し押し付けがましく写ってしまった。
むろん、ストレートに情感に訴える明快な演出に感動を覚える人もいるだろう。しかし、こうした大仰とも言える演出の数々は本来の小林正弘作品らしくはない。そもそも祖父と孫の愛情ドラマ自体決して斬新と言うわけではなく、そこにこれ見よがしの作為が施されてしまうと本当に、ただのよくできた人情ドラマになってしまう。正直、今回はいつもの小林作品らしさが希薄で物足りなく感じた。
ただ、小林作品のもう一つの特徴である長回し。これについては今回も所々で目を見張る緊迫感、抒情性を創出している。こちらはキャストの演技が良い方向に寄与したと見ていい。
忠男を演じた仲代達也がコンビニ弁当をわびしく食べるシーン、姉との会話シーンは特に印象に残った。何の変哲もない日常芝居に、寂しさ、哀しさ、楽しさ、愛おしさといった感情の機微をしたたかに織り込んだ仲代の演技は見事である。ただし、これは繰り返しになるが、コーヒーを飲んだ事が無いという告白には、やはり現実離れした嘘臭さを見てしまい演出の過剰を感じてしまった。
忠男の兄弟達も夫々にベテラン俳優が演じている。
この中では、先日他界した淡島千景演じる姉が良かった。亡き夫が残した旅館を一人で切り盛りする女将という役どころで、地に足がついた逞しい女性をきびきびと体現している。いつまで経ってもだらしがない忠男にキツい一発をお見舞いする所などは、実に堂々としたものである。しかも、それが単に残酷な仕打ちではなく、深い姉弟愛から生まれた叱咤という含みを持たせたところが上手い。
忠男の弟を演じた柄本明も良い味を出していた。かつては不動産王として君臨していたが、今は事業の失敗から惨めな隠居暮らしを送っている。言わば人生の負け犬である。はるばるやって来た忠男と取っ組み合いの喧嘩をする姿は、どこからどう見ても子供の喧嘩であり、そこが人間臭くて良かった。
このように今作は、役者を上手く使えている所とそうでない所の差が激しい作品のように思った。
小林監督はこれまでは一般的にあまり知られていない、且つお馴染みの俳優を使うことが多かった。しかし、今回は随分と豪華なベテラン陣が顔をそろえている。おそらく、ここまで贅沢なキャストが集まったのは初めてではいないだろうか。しかし、こうしたベテラン・大御所俳優は、夫々に強烈な個性を持っているものである。小林監督はそれを上手く抑制できなかったのではないか。そんな印象を持った。
ところで、老い先短い孤独な老人が兄弟を頼って徘徊するこのロード・ムービーは、昨今の高齢化社会という問題に結びつけて考えながら見ても面白いかもしれない。厄介払いされながら居場所を失っていく忠男の姿、彼を連れて一緒に旅をする孫娘・春の姿。二人を見ていると実に憐れに思えてくる。現代の無縁社会に対する憂いが見えてくる。