とぼけた味わい。鋭い風刺。そして、切ないロマンス。中々の佳作である。
「迷子の警察音楽隊」(2007イスラエル仏)
ジャンル社会派・ジャンルコメディ
(あらすじ) エジプトのアレクサンドリア警察音楽隊が、演奏をするためにイスラエルにやってきた。ところが目的地を間違えて路頭に迷ってしまう。次のバスは翌日にならないと出ない。一行は食堂の女主人ディナに頼み込んでどうにか食事と宿泊にありつくのだが‥。
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(レビュー) イスラエルにやってきたエジプトの警察音楽隊の悲喜こもごもをオフビートな笑いで綴った人間ドラマ。
エジプトとイスラエルは政治的には長らく対立関係にあった。現在は和平条約が締結されているが、これも恒久的とは言い切れない。またいつ戦争に突入していくか分からない。そんな不安的な情勢にあるということを頭に入れながら見るとこの作品は面白く見れる。
音楽隊の主だったキャラは団長トゥフィーク、副団長シモン、楽団で最も若いカーレドといった面々である。そして、イスラエル人側の主要キャラは食堂の女主人ディナとそこに入り浸る二人の青年である。楽団は3組に分かれて宿泊するのだが、映画は夫々の一夜をスケッチしていく。
そこで繰り広げられるコミュニケーションは、お互いの国のギクシャクした関係と同様、微妙に噛み合わない。過去の歴史や文化の違い、互いの偏見もあろう。社交辞令に中にもどこかよそよそしさが滲み出る辺りが実に可笑しい。そして、そんなぎこちない関係は、段々と話していくうちに解消されていく。相手の人間性を知り、相互理解を深めることで友好関係に転じていくのだ。
楽観的と言われれば確かにそうかもしれないが、この友愛メッセージは両国が辿ってきた戦争の歴史を皮肉的に見せていると思う。政治もこうあって欲しいと願うが、現実には中々そう簡単にはいかない。であるなら、こうして育まれる彼らの友好を青臭いと笑えるはずがない。実に普遍的なメッセージを放っている作品だと思う。
尚、、トゥフィークとディナが深夜のベンチで語り合うシーン、カーレドが純情青年のために恋のキューピッド役を買って出るスケートリンクのシーン、この二つは特に印象に残った。前者にはしみじみとしたペーソスが、後者にはユーモアが感じられる。
そしてもう一つ、この映画には忘れられない場面がある。それは町を離れる時のトゥフィークの寂しげな表情だ。
トゥフィークはディナと次第に良い雰囲気になり恋愛感情を芽生えさせていく。しかし、彼は彼女を抱けなかった。その心中を想像すると、この時の寂しげな表情には切なくさせられる。
彼は自分には抱けないと思い、敢えて若いカーレドに譲ったのだろうか?あるいは、ディナをいたわる彼なりの優しだっただろうか?俺は後者ではないかと思う。彼女は自分と同じように過去に傷を持った女性である。だからトゥフィークはそこに付け込むことがどうしても出来なかった、その場の勢いに任せて抱けなかった‥と想像する。これぞ男の優しさという気がしてしまう。
映画はトゥフィークとディナ、カーレドの恋愛エピソードの他に、他の二つの宿泊組のエピソードも並行して描かれていく。一つはシモンのエピソードで、もう一つは食堂組のエピソードである。しかし、正直な所、こちらはトゥフィークたちのエピソードとに比べるとやや食い足りなかった。90分足らずの作品なので、どうしても描き込み不足が感じられてしまう。各エピソードの取捨選択をあらかじめ計算した上で構成すべきだったろう。例えば、2度にわたって登場する公衆電話のシーンは同じことの繰り返しで余り意味がない。ここを省略してシモンのエピソードを充実させる方法はあっても良かったような気がした。
監督は本作が長編デビュー作の新人監督である。〝間"の取り方や抑制された演出に独特の才覚を発揮している。カメラワークも中々秀逸で、空港に降り立った音楽隊の孤立感を浮かび上がらせた序盤シークエンス、何もない閑散としたスモールタウンの素朴な景色等、オフビートな画作りがとても上手い。連想されるのがA・カリウスマキやJ・ジャームッシュといった監督たちの作品群である。むろん、彼らの芸域に達しているとはまだまだ言えないが、今後も楽しみな監督だと思った。