移民と孤独な老人の友情ドラマ。しみじみとくる。
「扉をたたく人」(2007米)
ジャンル社会派・ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 妻に先立たれた初老の大学教授ウォルターは、郊外の一軒家に一人で住んでいる。講演の代役でニューヨークへ行くことになった彼は、別宅のアパートで見知らぬ外国人のカップル、タレクとゼイナブを見つける。どうやら彼らは悪い友人に騙されてこの部屋を借りたらしい。不憫に思ったウォルターは新しい部屋が見つかるまで二人を住まわせることにした。シリア出身のタレクは民族楽器ジャンベ奏者で毎晩クラブでライブを行っていた。その演奏に魅せられたウォルターはタレクにジャンベの叩き方を教わるようになる。そして、タレクに誘われて公園でセッションに参加した。ウォルターは久しぶりに楽しい一時を過ごした。しかし、帰途に就こうとした矢先、事件が起きてしまう。
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(レビュー) 孤独な大学教授と不法移民青年の友情を描いた社会派ヒューマンドラマ。
移民問題をテーマにしたアメリカ映画は色々とある。たとえば以前紹介した
「砂と霧の家」(2003米)は、中東から亡命したアラブ人一家とアメリカ人女性の対立をシリアスに綴った作品だった。また、グリンカード(永住権)を取得するために偽装結婚する男女の恋を軽やかに綴った、タイトルもそのものずばり「グリーン・カード」(1990米)という映画もあった。いずれも多民族国家アメリカならではの作品という感じがする。
本作も同じモチーフに則って作られた作品である。ただし、忘れてならないのは9.11という悲劇があったことである。この事件以降アメリカは、不法移民に対して厳しい対応に乗り出している。本作はそこに着目して作られていることは間違いない。
タレクはシリアからやってきた真面目な青年で、ちょっとした誤解から逮捕されてしまう。昔ならいざ知らず9.11以降のアメリカでは彼のような不法移民には厳しい制裁が下される。
正式な手続きをせずに移住したこと。それ自体は処罰されて当然という気はする。しかし、このドラマを見ていると、まるで社会全体が不法移民を目の敵にして締め出しをしているかのようにさえ映る。ここまでの不寛容な空気はかつてのアメリカにはなかった。そこにかつての自由の国の姿はない。
映画を見て、タイトルの「扉をたたく人」の「扉」は何を意味しているのか‥ということについて考えてみた。
「扉」とは社会の偏見、つまり人々の心の壁を意味しているのではないだろうか。9.11以降、いくら「扉」を叩いてもその壁は閉ざされたままで、タレクのような移民達は拒絶されてしまう。その現実を言い表したのが、この「扉をたたく人」というタイトルなのではないかと思う。
そして、この「扉」の意味はもう一つあるように思う。それは、ウォルターの心の「扉」だ。
彼が辿ってきた人生は、冒頭のピアノ・レッスンのシーンから如実に伺える。何の趣味も持たずひたすら仕事一筋に生きてきた彼は、他者とのコミュニケーションにおいて壁を作る人間なのである。そして、タレクやゼイナブといった移民たちが、そんな彼の固く閉ざされた心の「扉」を少しずつ開いていくのだ。
本作のテーマは二つあって、一つは移民たちが置かれている現状を告発する社会派的なテーマであり、もう一つはウォルターとタレクの人種を超えた友情ドラマである。
監督・脚本は俳優でもあるトム・マッカーシー。彼の出演作品は何本か見ているが、正直なところ俳優としての印象は余り残っていない。しかし、本作を見ると演出の方は中々どうして。淡々とした中に、そこはかとないユーモアを織り混ぜながら実に端正に料理している。
たとえば、ウォルターが髭剃り中に慌てて電話に出るシーン、ゼイナブの露天商の店番を任されるシーンにはオフビートな笑いがこみあげてくる。全体的にシリアスなドラマであるが、こうしたユーモラスな演出が所々に散りばめられているので、あまり深刻になり過ぎずに見ることが出来た。
また、音楽の使い方も良かったと思う。ジャンベはアフリカの民族音楽に使われる太鼓である。躍動感溢れる軽快なリズムは映画に上手くメリハリをつけていた。更に、この小道具はタレクとウォルターを結びつける役割も持たされており、二人の友情を味わい深く演出している。ウォルターが机を叩いて獄中のタレクに練習の成果を見せるシーンにはしみじみときた。
弱点は脚本だろうか‥。ややミニマムになりすぎた感が否めない。ウォルターにドラマが集中しすぎるため、周縁人物の心理や行動が弱く感じた。たとえば、拘留中のタレクを心配するゼイナブの悲しみ、彼を助けようとする弁護士の熱意、そういったものが中々前面に出てこない。このあたりはドラマに深く関係する所なので、もう少し言及しても良かったように思う。
それと、後半でウォルターの前に、ある女性がキーマンとして登場してくるのだが、この描き方も疑問に残った。情に流されることなく真摯に徹した点は評価できる。しかし、デートシーンだけはどうしても馴染めなかった。演出の問題もあるのだが、余りにも浮かれ過ぎだろう‥と思ってしまった。
キャストではウォルターを演じたR・ジェンキンスの好演が光る。堅物な老教授という前半、次第に笑顔を見せていく中盤、そして理不尽な結末に対する怒りの終盤。実に幅の広い演技を披露している。ジャンベを楽しそうに叩く時の表情も絶品だった。