S・ルメット最後の作品は全盛期を思わすクオリティ。
「その土曜日、7時58分」(2007米英)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) 不動産会社に勤める兄弟アンディとハンクは、夫々にある理由から大金が必要だった。そこでアンディがハンクに強盗計画を持ちかける。狙うのは自分達の両親が 経営する宝石店だった。ハンクはしぶしぶ受けるが、これが一家に思わぬ悲劇をもたらすことになる。
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(レビュー) 計画強盗によって悲劇的な運命を辿る一家を巧みなストーリーテリングで綴ったヒューマンサスペンス作品。
監督はS・ルメット。正直な所ここ最近は今ひとつ精細に欠く仕事ぶりで、失礼な話「もう枯れたか‥」と思っていたのだが、遺作となる本作は全盛期を彷彿とさせる切れが戻っていて驚かされた。シナリオ、キャストに恵まれたということもあるが、齢80を超えてこのクオリティの高さは尋常ではない。有終の美を飾るという意味ではこれ以上ないくらいの傑作ではないだろうか。
ドラマは事件発生前と、事件当日、事件後。3つの時制を交錯させながら展開されていく。夫々に3人の主要キャストの視点で綴られていて少し複雑な構成になっているが、整然と区分けされているので混乱するようなことはない。
まず、一人目は娘の養育費もまともに払えないバツイチ男・ハンクのドラマである。二人目は彼の兄アンディのドラマである。彼は満たされない夫婦生活を送りながら麻薬に溺れてしまっている。そして、3人目は商売一筋で彼らを育てた父親チャールズのドラマである。
彼らはそれぞれにシビアな問題を抱えている。そして、記憶から拭いきれない愛憎ドラマを過去に繰り広げており、それが今回の強盗事件を起こす一つの発端となっている。事件に到る過程と顛末が夫々の視点を巧みに切り返しながら紐解かれていて、構成自体は実に上手く組み立てられていると思った。ミステリーとしての醍醐味も十分感じられる。
そして、言うまでもないことであるが、S・ルメットは過去に多くの法廷映画を撮ってきた監督である。「十二人の怒れる男」(1957米)、「評決」(1982米)等、法廷映画は彼の得意ジャンルの一つであった。その作家性を鑑みれば、実は今回の作品も法廷ドラマ的な構成を持った映画であることが分かる。
例えば、計画強盗を決断するオフィスのシーンはハンクから描いた場合とアンディから描いた場合、2度繰り返して登場してくる。夫々の事情、思惑が個々の視点で綴られ、我々観客はまるで証言台に立った二人の弁を陪審員の立場に立って聞いているような、そんな感覚で見れる。
このようにこの映画は三者三様、夫々の視点を切り返えながら個々の証言でストーリーが展開されている。この構成はこれまでS・ルメットが撮ってきた法廷映画と同じ<語り口>と言うことが出来よう。描き方が実に堂に入っている。
キャストの好演も見逃せない。ハンクを演じたE・ホークの情けない役どころは正にハマリ役だった。また、アンディを演じたP・S・ホフマンは、冷静さとヒステリックさ、二面性を持った複雑な人物を特異なビジュアルを活かしながら見事に演じている。彼の熱演が作品に異様な緊張感をもたらしていることは間違いない。
尚、映画冒頭にこういうメッセージが出てくるので、これも注意して見ておきたい。
「早く天国に行けますように。死んだのが悪魔に気付かれる前に。」
実は、本作の原題は直訳すると「死んだのが悪魔に気付かれる前に」となる。冒頭のメッセージとこのタイトルは正に本作のテーマを表しているように思た。映画を見終わってその意味する所が噛みしめられる。したがって、こういう邦題が付けられてしまったことには疑問を感じてしまう。
また、この冒頭のメッセージが誰による言葉なのか。それを考えながら見ていくと今作は更に面白く見れると思う。その答えはエンディングで明かされる。冒頭のメッセージと結末が繋がり、まるでこの事件が避けようのない運命のように思えてくる。実に重々しい鑑賞感が残った。
巨匠ルメットの他界は実に残念なことである。しかし、遺作となった本作はこれまでにないくらいヘビーな余韻を残し、彼の優れた演出手腕をまざまざと見せつけてくれる。彼の功績が改めて再確認できるような傑作になっている。