淡いタッチの岩井ワールドとダークなドラマの取り合わせが中々奇妙で面白い。
「リリイ・シュシュのすべて」(2001日)
ジャンル青春ドラマ
(あらすじ) 中学生の蓮見は剣道部に入り、そこで星野と友達になった。二人は夏休みを利用して沖縄へ旅行に行く。そこでの出来事が星野を変えてしまう。二学期が始まると星野は不良グループの頂点に立ち、蓮見は虐められっ子になった。一方、同じクラスの詩織は星野に弱みを握られ援助交際を強要される。詩織の近所ということで蓮見は彼女の面倒を見るようになるのだが‥。
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(レビュー) 中学生達の鬱屈した感情を描いたビターな青春映画。
原作、監督、脚本は岩井俊二。美しい田園風景の中で蓮見がリリイ・シュシュの歌を聴くフォトジェニックな冒頭のシーンからして、いかにも岩井ワールドといった感じで引き込まれた。陶酔的な浮遊感の中に青春の儚さ、残酷さを投影しつつ、随所に彼の美的感性が幅を利かせ、印象深いカットが各所に見つかる。正に抒情詩と呼ぶに相応しい美しい映像作品だ。
ただ、映像の美しさとは裏腹に物語はかなり重い。この年頃の子供たちは精神的にも肉体的にもアンバランスな状態にある。自分自身の中で起こる変化にどう対処して良いか分からず、暴力を振るったり、空想に浸ったりetc.
本編には少年犯罪、受験、 虐め、セックス、自殺といった問題が登場してくる。これらは以前紹介したインディペンデント製作の青春群像劇
「14歳」(2006日)の中でも語られていた問題だった。更に、今作には「14歳」で唯一欠けていたインターネットの問題がモチーフとして大きく関わってくる。同時代的な匂いが嗅ぎ取れるという意味で、今回のネット問題は特に興味深く見れる部分だった。
物語は割と淡々と進む。どれもこれもこの年頃の少年少女にはリアルにありそうなエピソードで面白く見ることが出来た。特に、インパクトが大きかったのは、蓮見に対する陰湿な虐め、詩織の顛末、久野の変身である。これらは見ていて何ともやり切れない思いにさせられたが、同時に大人になり切れない未成熟な子供たちの素の姿を見事に捉えていると思った。
そして、この映画を見て周囲の大人達は一体何をしているのか?という怒りにも似た感情も湧いた。どうして助けてやることが出来なかったのか‥と。
そもそもこの映画は最初から大人の存在感が薄い。出てきたとしても放任的で事務的な態度で子供たちに接するだけである。これは岩井俊二が敢えて狙った演出なのだろう。まるで"子供だけの国″のように見せることで、そこにコネクトできない大人の愚かさを証憑しているかのようである。これは実に辛辣なメッセージだと思う。子供を救えない大人が増えることで、世界はどんどん暗く悲しいものになってしまうからだ。
こうした閉塞感漂う日常の中で蓮見は、リリイ・シュシュという女性アーティストの音楽に出会う。彼女のファンになり彼女のサイトを立ち上げて様々な人々とネット上で繋がり、彼の荒んだ心は次第に救われていくようになる。
ちなみに、リリイ・シュシュの音楽性については、少しダークな感じでビヨークっぽい印象を受けた。今作で音楽を務めた小林武史は、同じ岩井俊二監督作の「スワロウテイル」(1996日)でも音楽を担当していた。アンビバレントなテイストを漂わせた独特の世界観が、少年少女の心の闇を表しているかのようである。そこに彼らはシンパシーを覚えるのだろう。
ただ、リリイ・シュシュ自体は、ここではあくまでドラマを成す一つのピースに過ぎない。岩井俊二が描きたかったのは彼女の音楽性の素晴らしさではなく、あくまで彼女に魅了される若者たちの孤独感である。言わば、リリイ・シュシュとは過酷な現実を忘れさせてくれる一つのファッションのようなものであり、彼女の代役は別にマンガやお笑いだっていいのである。現実逃避の先にたまたまリリイ・シュシュというアーティストがいた‥そういうことなのである。
先に述べたように、本来なら蓮見たち若者を救うのは親や教師といった大人達なのだが、肝心の彼らがこうも不甲斐ないのでは"偶像”であるリリイ・シュシュに救いを求めたくなるのも何となく分かるような気がした。現代社会における大人と子供の隔絶をリリィ・シュシュという"偶像″を媒介にして捉えた所は見事と言えよう。
映像に関しては、岩井俊二らしい透明感溢れる美的センスが随所に登場し見所が尽きない。ただ、その一方で今回は沖縄旅行のラフなタッチにも魅了された。ホームビデオ風な映像が、開放感に溢れた海の風景と相まって"青春の匂い"をリアルに捉えている。活き活きとした蓮見たちの表情がたまらなく魅力的であった。
こうしたラフな手持ちカメラの一方で、決めうちのショットも所々で良いものが見つかる。例えば、夕陽を浴びる葬列シーンなどは幻想的で印象に残った。
キャストでは、市原隼人と蒼井優が今作でデビューを果たしている。自然体な演技は瑞々しい岩井ワールドに上手くマッチしてた。ただ、個人的には彼ら以上にもう一人のヒロイン・伊藤歩の存在感を買いたい。彼女の中盤の変身振りにはアッと驚かされた。