日本最高齢の映画監督・新藤兼人の追悼の意を込めて彼の監督デビュー作を鑑賞した。
「愛妻物語」(1951日)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 脚本家志望の青年・沼崎敬太は下宿先に住む娘・孝子と駆け落ちする。かつての恩人を頼って京都の撮影所を訪ね、そこで著名な映画監督坂口から仕事を貰い受ける。早速、執筆に取り掛かるが、初めて書いた脚本は坂口に認めてもらえなかった。落ち込む敬太を孝子は励ますのだが‥。
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(レビュー) 新藤兼人の監督デビュー作。
今作は彼が映画界に入る頃の実体験を元にした自伝的作品である。夫を支える内妻・孝子は、撮影現場でスクリプターとして働いていた久慈孝子をモデルに書き上げられた。新藤本人がどうしてもメガホンを取りたかった‥ということで監督を務めたそうである。尚、映画監督・坂口は新藤監督がこの世界に入るきっかけを作ってくれた溝口健二をモデルとしている。そういう意味では、1人の映画人としての草創期を知るという思いで興味深く見れた。
ストーリーは、不世出の男が内助の功で成功していくというドラマである。落ち込む夫を時に叱咤し、時に温かい愛情で包み込む妻の姿は実に健気で、見ていて思わず癒されてしまった。新藤監督の久慈孝子に対する溢れんばかりの愛情も画面からよく伝わってきた。
中でも、敬太と孝子が将棋を指すシーンが味わい深かった。変に饒舌さを狙うよりも、こうした何気ない日常を淡々と積み重ねる作劇にはリアリティが感じられる。
その他にも脚本家・新藤兼人ならではの職人技も堪能できる。まずアイテムの使い方が秀逸である。雨漏り、ブランコ、豆、手鏡、朝顔、こうしたアイテムを駆使しながら人物心情を鮮やかに表現している。このあたりは流石である。
一方、ご都合主義な展開が幾つか見られたのは残念だった。例えば、孝子が車に乗った坂口に偶然出会うシーン、クライマックスにおける両親のここぞと言わんばかりの登場など、やや作りすぎな感じも受けた。このあたりはもう少しスマートに持って行けなかったか‥と惜しまれる。
一方、演出の方だが、こちらは初演出とは思えない手練を早速披露している。
例えば、シナリオがようやく坂口に認められて敬太と孝子が喜びを分かち合うシーン。一瞬信じられないといった表情を見せる孝子に敬太は柔道を取ろうと言って茶化す。倒された孝子はそのままうずくまってしまう。顔を見せずに泣く孝子。それを見て焦る敬太。振り返って抱きつく孝子。直感的に喜びの感情をひけらかさないこの演出。一服置いてからの感情の噴出は実に上手いと思った。
キャストでは敬太を演じた宇野重吉の好演が光っていた。淡々とした演技に秘めたる悲しみをうっすらと表出させたところに上手さを感じる。
孝子役は後に新藤監督の良き理解者、良きパートナーとして共に映画人生を歩むことになる乙羽信子が演じている。こちらも好演と言っていいだろう。彼女とはその後、内縁関係になり1978年に入籍を果たしている。