過酷な状況における人間の醜い争いを描いたサバイバル映画。
「人間」(1962日)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) 太平洋に面した漁村から小さな船が出航する。乗員は全部で4人。船長の亀五郎、彼の甥の三吉、船頭の八蔵、海女の五郎助である。最初は意気揚々としていた彼らだったが、夜になって嵐が吹き荒れ遭難してしまう。
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(レビュー) 大海原に遭難した漁師たちの必死のサバイバルを描いた作品。
監督・脚本・美術は新藤兼人。絶望的状況に追い詰められた人間の醜悪な対立を荒々しいタッチで描いた問題作である。人間のエゴと残酷さに容赦なく迫った演出はすこぶる快調で、ここまでやってしまうのか!という所に、彼が創設した独立プロ・近代映画協会の野心と勢いが感じられた。大手映画会社では到底撮れない作品であろう。
この映画は主要人物がたったの4人で、ほとんどが船上で展開される密室劇になっている。こういうドラマはキャストの演技力というものが問われてくるが、そこについても演技達者が揃っているので安心して見ることが出来た。
亀五郎を殿山泰司、五郎助を乙羽信子、八蔵を佐藤慶、三吉を山本圭が演じている。白眉は後半、空腹に耐えかねて醜い喧嘩を繰り返していく4人の壮絶な形相である。汗と埃まみれになりながら這いつくばり、罵りあい、最後には取り返しのつかない蛮行にまで及んでいく。この中で唯一の戦争体験者である亀五郎は度々その時の悪夢にうなされるが、この殺伐とした空間も正に戦場のごとく‥である。
映像はモノクロの特性を活かしながら緊密に構成されている。筋状の太陽光が差し込む薄暗い船内の風景は外の世界とのギャップを強く印象付け、彼らが置かれている状況をことさら残酷に見せている。狭い船内風景にこうした光と闇のコントラストを上手くつけながら只ならぬ緊張感を創出したあたりは見事と言えよう。
林光の音楽はひたすらモダンで軽快である。見ようによってはシーンに似つかわしくない感じもするが、画面に映る悲壮感との対比を狙ってのことだろう。どこかユーモラスなテイストも湧き起こる。
テーマはタイトルが示すように正に「人間」とは?ということになろう。
これは終盤に起こる事件から一つの回答が得られる。新藤監督は後に「鬼婆」(1964日)という作品を撮っている。これも正に独自プロでしか撮れないような野心的な映画であるが、人間がいとも簡単に鬼に、つまり悪魔のように豹変してしまうことの恐ろしさを描いている。今作も基本的にはそれと同じテーマだと感じた。人間は普段は良い人ぶっていても、いざという時には醜い本性を表す生き物である‥という新藤監督のペシミスティックな人間観。それがよく出ていると思った。
尚、劇中の亀五郎は信心深い男として描かれている。彼にとって宗教は絶対的で、この絶望的な状況における唯一の心の拠り所となっていく。一方、その他の五郎助たちは初めから信仰心など持っていない。彼らは神棚に拝むよりも腹を満たす米をよこせと、船長の亀五郎に食って掛かる。つまり、彼らはどうせ死ぬなら腹いっぱい食って死にたいと、即物的な生き方‥というか死に方を望むのだ。信仰に厚い者とそうでない者との対立は、実に興味深いもう一つのテーマのように思えた。結局、宗教も相対的な価値観しか持たない虚ろなもの‥ということを、新藤監督は亀五郎と五郎助たちの対立を通して鋭く言い放っている。