新藤監督の遺作は集大成的な意味合いを持った作品。
「一枚のハガキ」(2010日)
ジャンル人間ドラマ・ジャンル戦争
(あらすじ) 太平洋戦争末期、関西の清掃隊に所属する森川定造と松山啓太は、上官のくじ引きによって配属先が決められた。定造は戦地へ赴き、啓太は清掃隊に残ることになった。定造が出兵する前夜、啓太は妻・友子からの一枚のハガキを預かる。もし自分が戦死したらそれを妻に渡してほしいと頼まれる。それから数日後、定造は戦死した。友子は悲しみに暮れた。しかし、彼女には面倒を見なければならない義理の両親がいた。二人のために止む無く定造の弟・三平と再婚した。一方、生き残った啓太は終戦後、自宅へ戻ると家の中はもぬけの殻だった。啓太の戦死が噂で流れて、妻と父が駆け落ちしてしまったのである。
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(レビュー) 1枚のハガキを巡って引き寄せられる男女の愛を描いた新藤兼人監督の遺作。
本人が最後の作品と公言して取り組んだだけあって、各所に自身の作品のオマージュが見つかる。おそらく集大成的な作品にしたかったのだろう。例えば、水桶を背負って歩く姿は
「裸の島」(1960日)であるし、後半の祭りのシーンは彼の自伝的映画「落葉樹」(1986日)のオマージュであろう。尚、この「落葉樹」という作品には当時のロリータアイドル・諏訪野しおり(若葉しをり名義)が映画初出演をしている。ヌードも披露しているのでファンなら垂涎ものかもしれない。
物語はストレートなメロドラマになっている。啓太と友子が水桶を担いで歩くシーンを予告で見ていたので、二人が最終的にくっつくな‥ということは分かっていた。あとはそこに至るまでにどんなドラマがあるのか?そこを期待して見た。
そして、その過程を描くドラマは、新藤監督らしい徹定したリアリズムによって丁寧に紡がれている。友子に数々の不幸を与え、敬太にも一定の動機を与え、二人が惹かれあう理由にきちんと説得力を持たせている。おそらく普通の脚本家なら早々に二人を引き合わせて、以後の交流の中で惹かれあう理由を探っていくだろうが、生粋のライター・新藤は一味違う。彼は焦らしに焦らして、ようやく会えた‥という所にカタルシスを持ってきている。このあたりの周到なドラマ運びには唸らされるばかりだ。ベテランならではの余裕と言っていいだろう。また、この説得力があるからこそ、後半の二人の複雑な心中の激白にも涙させられるのだと思う。
演出も手堅い。愛する人を失った者同士の交流と言うとベタに思うかもしれないが、新藤監督は敢えてエモーショナルさを抑制し、オフビートな味わいの中に人生の悲喜こもごもを描いて見せる。
例えば、柄本明演じる友子の義父のしたたかなタヌキジジイぶり、大杉連演じる吉五郎の下心見え見えなスケベオヤジぶりなどにはコメディ・ライクな演技が目につく。悲劇を悲痛一辺倒に描くのではなく、こうしたコメディ要素を散りばながら、引き締める所はきちんと引き締める、このあたりの緩急のつけ方にベテランならではの手練が感じられた。
ただ、幾つか反戦メッセージが押し付けがましく写る場面があり、そこについては興が削がれた。伝えたいという強い思いが演出を大仰にしてしまっている。もう少し抑えてくれた方がすんなりと受け入れられるのだが、おそらくどうしてもこれだけは言っておきたいという監督の思いがあったのだろう。
また、終盤のシュールな展開には、おそらくこの映画を見た多くの人が違和感を覚えるのではないだろうか。やや幻想的なシーンが続出するので少し戸惑ってしまった。正直、このあたりまで来てしまうと、入り込もうにも入り込めなくなってしまう。
ところで、友子役の大竹しのぶの演技が故・乙羽信子にダブって見えてくる箇所が幾つかあった。乙羽信子と言えば新藤監督に長年連れ添ったパートナーである。その影がちらりとでも感じ取れたことは、勝手な思い込みかもしれないが、単なる偶然とも思えない。もしかしたら大竹しのぶ自身も意識していたのではないだろうか。