地味ながら中々怖い小品。コーマン作品の中ではかなり出来が良い。
「血のバケツ」(1959米)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) 有名彫刻家になることを夢見るウォルターは、芸術家が集まるカフェで給仕のバイトをしていた。ある日、彼は周囲を驚かすほどの天才的な彫刻を作りあげる。実はそれには秘密があり‥。
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(レビュー) 芸術家志望の青年の恐るべき秘密に迫ったサスペンス映画。
製作・監督はB級映画の帝王R・コーマン。
見かけはいかにもチープなプログラム・ピクチャーだが、作り自体は意外にも手堅くまとめられていて中々の佳作になっている。コーマンの映画を指して佳作と言うのもヘンな話だが、ジャンル映画としてよく出来ている。凄惨な描写もこのくらいさりげなく表現されていると、見ていて余り不快な感じを受けない。
物語は無能な青年が天才に祭り上げられていくというシニカル劇で、そこはかとなく芸術、特にカフェに集うビート族に対するアイロニーが感じられた。そこで繰り広げられる会話の何と空虚なことか‥。当時のビート族は単なるファッションでしかなかったということを暗に示すかのごとく、鋭い批判精神が見て取れる。それは下世話でチープなエンタテインメントを追求し続けてきた彼だからこそ言える批判であり、上っ面だけの芸術に対する嫌悪の表れでもある。
ドラマ構成も実に堅牢だ。要は、才能なきウォルターは芸術という名の悪魔に魂を売り払った〝ファウスト″だったのだろう。真の芸術に近づこうとして狂気の世界に踏み込んでしまった彼は愚かであるが、しかし著名な芸術家の多くが孤独を抱えていたことを考えれば、ウォルターの境遇には一定の情を禁じ得ない。芸術と狂気の狭間に埋没する人間ドラマはよく理解できる。
惜しむらくは、映画全体の尺がたった70分弱しかないということだろうか。これだけ短いと流石にウォルターの葛藤に深みは生まれてきにくい。良くも悪くも軽快なコーマン演出の賜物と言えるが、このアッサリ感が物足りない。もう少し踏み込んで描けば更に見応えのある映画になっていたであろう。